書いて見せると、今度はそこにあつた檀紙に綺麗な手跡で窕子が昨日詠んだ歌を書いて見せたりした。話は容易に盡きようとはしなかつた。内裏で歌のうまい人達の話などもそこに出た。道綱がやがて松蟲を三疋も四疋も捕つて戻つて來た。つめたくなつた甜瓜の皮も厚く剥かれた。
三六
『え?』
びつくりしたやうな調子で窕子は聲を立てた。かの女はそれとも知らずにこの話をそこに持ち出した若い尼の顏をじつと見詰めた。すぐつゞけて、
『それは本當ですか?』
『本當でございますとも……。私などは詳しいことは存じませんけれども、今から五十年も前のことださうでございます。大變なことだつたさうでございます……』
『それではその六條どのの姫君と申すのは、現にそこにゐるその老尼さまだと仰しやるのでございますか?』
『さやうでございます』
窕子の言葉につれて若い尼の言葉も丁寧に改められて行つた。
『まア――』
窕子はかう言ふより他爲方がなかつた。かの女は佛間に向うむきに坐つて讀經してゐる老尼の方に目を遣らずにはゐられなかつた。
『まア、本當でございますかねえ? 六條の四の姫君、先々代の御門の女御に上がるばかりになつて身をかくした? ――下司の建禮門につとめてゐるものと身をかくした?』あとの一句は窕子も流石に聲を低くした。
『さやうでございます……。』
『まア、ねえ、思ひもかけぬこと――ほんに思ひもかけぬこと――』かの女の頭には、幼い頃祖母から聞いたその時の騷ぎやら噂やらが今更のやうにそこにはつきり浮び出すのだつた。
祖母の話では、それは非常な騷ぎであつたといふ。名高い美しい姫で、其當時のあらゆる姫だちの中でも群を拔いてゐたといふ。また御門がその姫の美しいのを知つてゐられたばかりでなく、その女御として内裏に入つて行くのを指折り數へて待つて居られたので、何うすることも出來ないので非常に困つたといふ。否、そればかりではない、その姫は死んだか生きたかその行方がわからない。當時の御門の力で、または六條殿の力で、あらゆることをして搜したけれども、何うしてもわからない……。それで長い長い月日が經つた。世間ではいつかそのことを忘れた。その髮の長い黛の美しい姫のことを忘れた。六條殿でも、かうわからぬのでは、もうこの世に生きてゐるのではあるまい、地の下に穩かに眠つてゐるのであらう。かう思つてそれを搜す
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