すが、こればかりは別才だと見えまして、何うもうまい具合にまとまりません……』
『いゝえ、そんなことは――?』
『お上手な方がおつくりになりますと、それがすらすらと單純に出る。ちつともこだはりなしに――。何うもそれが眞似が出來ません。我々のやうな鈍根なものには何うも材料ばかりが多くなりまして、何を言つた歌だかわからなくなりますので……』
『いゝえ……』
『さうかと申して、それぢや材料が多すぎるのだからいけないのだからと思つて、今度はひとつのことをよまうとすると、それが短かすぎて歌にならない……。何業でも皆なさうでござるが、中でも歌はむづかしい……』
 こつちから般若心經の中心になつてゐる心持をきかうなどと思つて出かけて行くと、その先を越して、向うから歌の話を持ち出すといふ風なので、窕子は一層その僧に親しさを感ぜすにはゐられなかつた。時にさうして清くひとりで住んでゐる僧の上にそれに似た自分の生活を持つて行つてくつつけて、いろいろと深い感慨に耽ることもあつた。
『私などにはとても深いことはわかりませんけれども……それでも歌の心持を押しつめて參れば、やはり佛に近づく心が致しますので……』
 ある日は窕子はこんなことをそのあるじの僧に言つたりなどした。
 それにしても世の中といふものは不思議なものだ――窕子はその坊から下りて來る石段を一歩々々拾ひながらこんなことを常に考へるのだつた。あゝいふ清らかな端麗な異性もある。さうかと思ふと殿のやうに女を女と思はず自分さへ歡樂を恣にすればそれで好いと思つてゐる人もある。情の赴くまゝにまかせてしたい三昧のことをしてゐる人だちもある。未來のことなどは少しも思はずに、人の夫であらうが、人の妻であらうが、そんなことには頓着せずに、たゞ愛慾にのみ耽つてゐる人だちもある。何が何だかわからない。さういふのが罪なのか、それともさういふ風に考へるだけでも罪なのか。この尊いお山に參籠してゐる人だちの中にも、こゝを歡樂の庭のやうに心得てゐるものさへある。あの梅尾などにしてもそのひとりではないか。そしてそれが罪になるのか、それともならないのか。さういふことをするのは人間の心の持前で、何うにもならないのか。自分ながら自分のことがわからなくなつてむしろ自分が可哀相になつて――窕子はじつとそこに立盡したりなどした。

         三二

 窕子の參籠してゐる室
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