歔欷《きよき》に、次第に別離の光景をそのあたりに描き出すやうになつて行つた。
若い細君は軽快な洋装に水色ボンネツトをつけて、宝石の首飾をあたりに見せてゐたが、ふと此方《こつち》を振向いた顔には、美しい眉と整正《せいせい》な輪廓と大きい黒い眼とがかゞやいた。やがてT氏の紹介でBはH夫妻と挨拶を取り交はしたりなどした。
T氏もMも、H夫妻を見送りに来た人達も皆な桟橋の方へと下りて行つた。やがて汽船は出帆した。岸でも船でも長い間互ひに手巾《ハンケチ》を振つてゐたが、それもいつか遠く小さくなつて行つた。
Bの船室から右舷の方へと出て行くところに、ひとり立つてじつと海を眺めてゐる若い美しい女――それは一目で狭斜《けふしや》の人であるといふことがわかつたが、さつきBが夫妻を見た時には、その女が送つて来てゐる待合のお上《かみ》らしい年増とさびしさうにして何かこそこそ話してゐるのが眼に着いたが、(天津《てんしん》にでも鞍替するのかな)と思つたが、今またその白い頬とさびしい眼とがわるくBの体に迫つて来るのを感じた。Bはその傍《かたはら》をそつと掠めるやうにして向うの方へと行つた。
Bにはさうい
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