、劍を下げた人達が草鞋ばきで、二人三人までやつて來た。
『貴樣達は何處から來た。』
『…………』
『山の向うや此方でわるいことをしたのは、貴樣達だらう?』
『…………』
かれ等は一番多くかういふ人達を恐れた。そしてかういふ人達は、きまつて、かれ等に籍の所在地を聞いた。しかしかれ等はさういふものを何處にも持つてゐなかつた。強ひて詰問されると、かれ等はかれ等の頭領から持たせられた木地屋の古い證書の冩しのやうなものを出して見せた。それは七八百年も前の政廳から公に許可されたやうなもので、麗々しく昔の役人達の名と書判とがそこに見られた。全國の山林の木は伐つても差支ないといふやうな文句がそこに書かれてあつた。
白い服を着た人達も、要領を得ないかれ等種族を何うすることも出來なかつた。徳川幕府の潰れたのも、明治の維新になつたのも、京都から東京へ都が遷つたのも、日清戰役があつたのも、日露戰爭があつたのも、軍艦が出來たのも、飛行機が出來たのも、何も彼も知らないやうなかれ等の種族には、何を言つて聞かせても效がなかつた。後には、警官達も持餘して、唯一刻も早く、自分の受持つ管内からかれ等を立去らしめることをのみ心がけた。
『一刻も早く立去れ。』
『…………』
『わかつたか。』
『…………』
翌日は、其處を去つて、かれ等は別なところへと移つた。一しきり雨の時節が通り過ぎると、今度は秋の美しい晴れた日が毎日續いた。重なり合つた山は、くつきりと線を碧空に劃して、破濤のやうに連りわたつた山嶺は、遠く廣く展開されて見えた。木の葉は紅葉して、朝日夕日は美しくこれを照し、月は銀のやうな光をあたりに漂はせた。谷川の囁くやうな響は微かに下に下に聞えた。
鹿の鳴音が笛のやうに聞えた。
それは廣い高原のやうなところであつた。草藪と林と落葉松とが廣くつゞいて、熊笹が一面に生え茂つた。ある日、夕日が西の山陰に沈んだ頃、平公はふとその廣い野原を越して、誰か五六人一緒に此方にやつて來るのを見た。後に負つた荷物と、杖と、桐油とは、矢張その同じ種族のものであるといふことを思はせた。
『おーい。』
『おーい。』
呼び且つ答ふる聲がこだまに響いてきこえた。
四
一行は賑やかになつた。其處にも此處にもテントが張られて、若い娘や子供がバケツを下げて、水汲みにと谷川の方へ下りて行つた。後から來た群は
前へ
次へ
全19ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田山 花袋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング