雄は調子を改めて、
「それにしても、君はどうして京都に帰れんのです。神戸の恩人に一伍一什《いちぶしじゅう》を話して、今までの不心得を謝して、同志社に戻ったら好いじゃありませんか。芳子さんが文学志願だから、君も文学家にならんければならんというようなことはない。宗教家として、神学者として、牧師として大《おおい》に立ったなら好いでしょう」
「宗教家にはもうとてもようなりまへん。人に対《むか》って教を説くような豪《えら》い人間ではないでおますで。……それに、残念ですのは、三月の間苦労しまして、実は漸《ようや》くある親友の世話で、衣食の道が開けましたで、……田舎に埋れるには忍びまへんで」
三人は猶《なお》語った。話は遂に一小段落を告げた。田中は今夜親友に相談して、明日か明後日までに確乎《かっこ》たる返事を齎《もた》らそうと言って、一先《ひとま》ず帰った。時計はもう午後四時、冬の日は暮近く、今まで室の一隅に照っていた日影もいつか消えて了《しま》った。
一室は父親と時雄の二人になった。
「どうも煮えきらない男ですわい」と父親はそれとなく言った。
「どうも形式的で、甚だ要領を得んです。もう少し打
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