られ、当面の京都帰還問題が論ぜられた。
恋する二人――殊《こと》に男に取っては、この分離は甚だ辛《つら》いらしかった。男は宗教的資格を全く失ったということ、帰るべく家をも国をも持たぬということ、二三月来|飄零《ひょうれい》の結果|漸《ようや》く東京に前途の光明を認め始めたのに、それを捨てて去るに忍びぬということなぞを楯《たて》として、頻りに帰国の不可能を主張した。
父親は懇々として説いた。
「今更京都に帰れないという、それは帰れないに違いない。けれど今の場合である。愛する女子ならその女子の為めに犠牲になれぬということはあるまいじゃ。京都に帰れないから田舎に帰る。帰れば自分の目的が達せられぬというが、其処を言うのじゃ。其処を犠牲になっても好かろうと言うのじゃ」
田中は黙して下を向いた。容易に諾《だく》しそうにも無い。
先程から黙って聞いていた時雄は、男が余りに頑固なのに、急に声を励《はげま》して、「君、僕は先程から聞いていたが、あれほどに言うお父さんの言葉が解らんですか。お父さんは、君の罪をも問わず、破廉恥をも問わず、将来もし縁があったら、この恋愛を承諾せぬではない。君もまだ年が
前へ
次へ
全105ページ中82ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田山 花袋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング