作は思った。お作は顔を蒼青《まっさお》にしてぶるぶると戦《ふる》えた。
一時間後に一事件が起こった。裏の山の林で、嬰児《えいじ》殺しがあったという噂《うわさ》が温泉場に知れ渡った。見てきた男に聞けば、林でおいおい泣き声が聞こえるから行ってみると、それは小屋の祭文読みの嬶《かかあ》で、自分で緊《し》め殺した赤児を抱いて声を挙《あ》げて泣いていたそうな。それから自分も死ぬつもりでもあったのか、そばの樹には細帯が長く吊《つ》るしてあったとの話であった。で、駐在所の巡査が二人まで剣をじゃらつかせながら駆けていく。村の世話役の男が呼吸《いき》を切って飛んでいく。そのあとから村の若者、子供、女、赤い蹴出《けだ》しやら、大縞の絆纏《はんてん》やら、時計の鎖を絡《から》ませた縮緬《ちりめん》のへこ帯やら、赤鼻緒の黒塗り下駄《げた》やら、ぞろぞろとその細い畠道には、人が続いて、その向こうの林の中に巡査の制服が見え、おりおりけたたましく泣く女の声がきこえた。灰色の侘《わび》しい空が低く垂れた。
底本:「蒲団・一兵卒」角川文庫、角川書店
1969(昭和44)年10月20日改版初版発行
1974(昭和49)年11月30日改版8版発行
入力:久保あきら
校正:伊藤時也
2000年9月28日公開
2001年10月12日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全2ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田山 花袋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング