て計算して見たりした。「そうだ――これが十円、これが二十円、これが五円、確かに出来る、一軒分だけ払下げを願って置いて、それに開墾をさせれば、二年かかれば無論出来る。そうすれば、こんなにして遠い路を歩かなくっても好い。豊饒な土地は何んなにでも生活の道を与えて呉れる。そうだ、そうだ、帰ったら、早速着手しよう。何も官憲などを恐れている必要はないんだ。独立独行だ!」さも大きな独創的な考を得たように、膝を叩いて勇吉は跳り上って喜んだ。それは広く四辺が見渡されるような処であった。向うには山毛欅の森や白樺の林が広く遠く連っていた。此処等あたりまでは、開墾者もまだ入って来ないと見えて、低い灌木の野や、笹原や、林の中に、路が唯一筋細くついているばかりで、あたりには百姓の姿も見えなかった。夏の日が明るく心持好くかれの腰をかけている草地を照した。
「そうだ、そうだ。それに限る!」
かれはまた絶叫した。そしてまた新しいことに気が附いたというように、早く鉛筆を紙の上に動かして計算をした。
これに限らず、勇吉は草の上に寝ころんで休むことがすきだった。上には空と日の光があるばかりだ。何んな大きな声を出しても誰も何とも言うものもない。其処にはかれのあとをつけねらっている刑事もなければ、かれに向ってガミガミ言う力の強い妻もいない。心を絶えずイライラさせる子供の啼声もしない。何をしようが勝手である。そこでのみかれは自由に呼吸をつくことが出来るような気がした。「空と日と鳥と……何という自由なひろい天地だろう。」こう独りで言って、大きな自然に圧迫されたように後頭部に両手を当てて、死んだようになって、一時間も二時間も草原に寝ころんでいることなどもあった。
「おーい。」
などと大きな声を立てて、気違いのように手を振ったりなどした。
長い山路を通りながら、勇吉はまたよく昔のことを考えた。山路を一人歩いて行くかれに取って唯一の道伴だと言っても好い位であった。いろいろなことがかれの頭に衝き上るように集って来たり散ばって行ったりした。
東京で暮した一年の生活、それがいつでも一番先に湧き出すような力でかれに蘇って来た。顫えるような神経をかかえて、かれはある作家の玄関にいた。其処でかれはいろいろな人を見た。当時の文壇で名高かった小説家だの詩人だのを見た。美しい若い文学志願の女の群などにも逢った。恋、功名、富貴―
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