あたしお正月がきたらこれだけよ、と言つて指を折つて見せるのは、わけもないことでした。しかしそれは少女の夢の国の生活を美しくするにはあまりにつまらない方法でした。あまつさへ老いやすい青春の日を数へるといふことは夢の国ではせぬことなのでした。
「今年からもう十六なんだよ」
 母様の方がよくしつていらした。
 お須美は黙つて微笑んでゐた。
 夢の国では、すべてを秘密にする事であつた。秘密、秘密、秘密ほど美しいものが何処にあらうぞ。いつであつたかお須美は、学校の庭の鈴懸の木の根もとに穴をほつて、そこへSさんとAさんと三人で、思ひ思ひの物をお互に秘密にして小箱へ入れて誰にも知れぬ様に埋めておいた。小箱の中には、Sさんが何を入れておいたかAさんが何を秘したかお須美も知らねば、またお須美が何を埋めたか、AさんもSさんも知らない。毎日その木の根もとへ行つては、三人で微笑んでゐた。
「何を笑つてるの」
 先生がさうおたづねになった。
 夢の国の掟は、先生さへも犯されぬ、三人は、ただ微笑んでゐた。答をせぬ生徒を先生はぷんぷんお怒りになつて往つておしまひなすつた。三人は、それを見てまた笑つてゐた。
 ある時、体操の先生がこの鈴懸の木の下で南極探検の話をなすつた。世界の秘密は南極にあり、つて先生は仰言るけれど、つい先生の脚の下にも夢の国の秘密があることを先生はご存じなかつた。
 少女の秘密は、そればかりではありませんでした。赤い帯の間にも手帖の中にも、黒い眸の中にも、指環の中にも、または視線の間にさへも「世間」の人にはよむことの出来ぬ秘密があるのです。
 また夢の国の少女達は、花の散るのにも、小鳥の啼くのにも、水の流れるのにも、人間が馬の様に笑ふのにも、先生が猿の様にお怒り遊ばすのにも、それぞれ秘密を見出すことが出来るのです。
 また、雨の日に笠を被つて釣りをする人が茸に見えたり、桜の花が蝶に見え、障子の影が鳥に見え。柳を引けば世が悲しく、子安貝を耳にすれば竜宮の唄もきこえまする。
 それを何故ときく人は、山門に入るを許さず。封度《はつと》の道を犯すと言ふもの、夢の国には縁もゆかりもない人です。
 強《し》ひても夢の国の少女をお知りになりたいならば、くれぐれも「何故」とはきかないで、林檎は木の実ですか? とおたづねくださいまし。さうすれば、ええ、と答へるかもしれませぬ。いいえ、と答へ
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