ねばなりませんでした。
お爺さんは、親切ないい人でしたが、ある日ジャッキイの子守唄《こもりうた》をききながら、死んでしまいました。ジャッキイは、またある有名な音楽家に救われて、そこの家《うち》へ引取られてゆきました。食堂へはいると、そこに写真がかかっていました。それは一人の女の肖像でありました。ジャッキイはそれを見て
「ああ、お母様《かあさん》だ!」
その音楽家もびっくりしてしまいました。ジャッキイは、ポケットから、一枚の写真を出して、その音楽家に見せました。写真のうらには
[#天から3字下げ]ジャッキイへ、お前の母より
と書いてあるのでした。その写真と、この額の写真とは、おなじ人でありました。
「お前はわたしの子だったのか」
音楽家は、ジャッキイをしっかり抱きしめて、ジャッキイの眼《め》からながれる嬉《うれ》し涙を、ふいてやりました。
お父さんの音楽家の眼からも、玉のような涙がぽろぽろと流れました。春太郎《はるたろう》の眼からも、ぽろぽろと大きなのがころげました。春太郎のお姉様《ねえさん》も眼にハンケチをあてていました。
春太郎《はるたろう》は、学校へゆく道で考えました。早く雪が降ってくれるといいな。そしてクリスマスの晩になるといいな。だけど、ジャッキイはどうしたろう。あれからすっかり幸福《しあわせ》になったかしら。まだあの大きなズボンをはいて、ロンドンの街を歩いているのじゃないかしら。ぼくもロンドンへゆきたいな。お姉さんが死んでしまったら、ぼくお姉様のヴァイオリンを貰《もら》おうや。そして、クリスマスの晩、ロンドンの街を歩くんだ。そうすると大きな、玩具屋《おもちゃや》があって、そこの飾窓《ショウウィンドウ》に、テッディ熊《ベア》がいるだろう。「おい危《あぶな》い」で、空には星が、きらきら光っていて、袋を持たないサンタクロスのお爺《じい》さんがやってくる。ジャッキイがヴァイオリンをひいているのを、お爺さんがききながら、「うまい、うまい。ジャッキイは、今に大音楽家になるぞ」そう言ってほめました。
きっと、ぼくは大音楽家になるだろう。そして、ぼくのお父様《とうさん》も大音楽家なんだ。おや、おや。ぼくのお父様は、会社へ出ているんだっけ、
「カン、カン、カン」
「カン、カン、カン」
その時、春太郎は、いつの間にか、学校の前へ来ていました。
いま恰度《ちょうど》、授業のはじまるベルが鳴っていました。
春太郎は、ジャッキイになることを急に思いとまって、おおいそぎで教室の方へ走ってゆきました。
底本:「童話集 春」小学館文庫、小学館
2004(平成16)年8月1日初版第1刷発行
底本の親本:「童話 春」研究社
1926(大正15)年12月
入力:noir
校正:noriko saito
2006年7月2日作成
青空文庫作成ファイル:
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