《おもいだ》しました。どんな物をでも可愛がってやろう、そしてどんな物とでも話をして、仲よくしようとそう考えました。
街を歩いても、電車のなかでも、もっとみんな仲よく話そうと考えました。そこで妹のお才と二人で街へ出かけてゆきました。
まず酒屋のブル犬に話《はなし》かけました。
「ブルさん今日《こんにち》は、好《い》いお天気ですね」
與太郎がそう言うと、ブル犬は驚いて
「ウーウー」と吠《ほ》えましたから、お才がなき出しました。
與太郎はお才をつれて電車|通《どおり》の方へゆきますと、向うから、黒い毛皮のコートを着た奥さんがくるのを見つけました。與太郎は奥さんにお辞儀を一つして、
「おくさん、たいそう寒い風がふきますわね。おくさんはたいそう重そうな包を持っておいでですね。ぼくが、すこし持ってあげましょうか」
そういうと、奥さんは白い顔のなかで、黒い眼《め》を三角にしていいました。
「まあ、いやな子だよ。知らない人に物をいうなんて、きっと乞食《こじき》の子だね、お前さんは」
そういって、ずんずんいってしまいました。
こんどは、鼻の頭の赤い肥《ふと》った洋服の旦那《だんな》が、坂の方から酔っぱらって下りて来ました。與太郎《よたろう》は旦那《だんな》の前へいって、
「旦那は酔っていますね。」
そういうと、今までにこにこしていた旦那は、急にきつい顔になって、
「やい孤児院! 酔ったって余計なお世話だい。お世辞をいったって一文だってやりゃしないぞ。ぐずぐずしていると、交番の巡査にふんじばらせるぞ」
酔っぱらいの旦那はむくむく歩いてゆきました。
與太郎は、なんだか悲しくなりました。炭屋の子だからいけないのだろうか。與太郎という名が顔に出ているから人が馬鹿《ばか》にするのだろうか。與太郎は、菓子屋の飾窓のガラスに自分の顔をうつして見ました。自分の着ている服は、すこしばかり古くなっているだけで、街を歩くほかの子供たちと、別にかわった所はありませんでした。與太郎は、ふと飾窓のなかに赤い紅茸《べにだけ》のようなお菓子があるのに気がつきました。
「紅茸だ! 紅茸だ! あれをとろうよ」
與太郎がそういっているのを、菓子屋の番頭が聞きつけて、與太郎の頭を一つなぐりつけました。與太郎とお才《さい》は、なきながら家《うち》の方へ歩きました。質屋の横町を曲ろうとすると、いきなり真黒
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