ろばすやうなそのお聲といつたら! 金絲雀《カナリヤ》だ、まつたく金絲雀《カナリヤ》そつくりだ!『やれやれ、お孃さま!』さう、おれは言はうと思つたのさ。『どうか、もうそんなに苦しめないで下さいまし。でも、どうしても苦しめようと仰つしやるなら、いつそそのお美しいお手で苦しめて下さいまし。』とさ。ところが、忌々しいことに、舌めがどうしても言ふことをききをらずに、おれはやつと、『いえ、おいでではございません』と言つたのが精いつぱいだつた。令孃はおれの顏をちらと御覽になつたが、それから書物の方へ視線を移される途端に、手巾《ハンカチ》を下へお落しになつた。おれはあわてて、泳ぐやうに飛びつきざま、忌々しい嵌木《はめき》の床でつるりと足を滑らして危なく鼻柱を挫くところだつたが、やつと踏みこたへてその手巾《ハンカチ》を拾ひあげた。へつ、何といふ素晴らしい手巾だらう! 薄い生地のバチスト麻で、琥珀――まるで琥珀そつくりなんだ! それに匂ひだつて、お上品な方の持物らしく、實に奧床しい匂ひだ。ちよつとお禮を仰つしやつて、微かににつこりされると、匂やかな朱唇があるかなしに動いただけで、そのまますうつと行つてしま
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