人の処女《をとめ》が列をはなれた。レヴコーはその処女を仔細に観察しはじめた。顔も着物も、すべて彼女は他の処女《をとめ》とおんなじだつた。ただその役割をいやいやつとめてゐることだけは明らかだつた。一同は長い列をなして、貪慾な敵の襲撃からすばやく身をかはしながら、あちらこちらへ逃げまはつた。
※[#始め二重括弧、1−2−54]ああ、あたし、もう鴉はいや!※[#終わり二重括弧、1−2−55]疲れてがつかりして、その処女《をとめ》が言つた。※[#始め二重括弧、1−2−54]可哀さうなお母さん鳥の雛子《ひよつこ》をさらふなんて、むごいことよ!※[#終わり二重括弧、1−2−55]
『あれは妖女《ウェーヂマ》ぢやあない!』とレヴコーは心のうちで呟やいた。
※[#始め二重括弧、1−2−54]誰が鴉になつて?※[#終わり二重括弧、1−2−55]
 処女《をとめ》たちは又もや籤びきをしようとした。
※[#始め二重括弧、1−2−54]あたしが鴉になるわ!※[#終わり二重括弧、1−2−55]と、一人の処女《をとめ》が申し出た。
 レヴコーは注意ぶかくその処女《をとめ》の顔を眺めにかかつた。すばしこく、大胆に、その女は他の処女《をとめ》を追ひまはして、獲物を捕へようとして四方八方へ飛びついて行つた。この時レヴコーは、彼女のからだが他の処女《をとめ》のやうには透きとほつて見えないことに気がついた。彼女のからだの中にはどこか黒ずんだところがあるのだつた。突然、叫び声があがつた。鴉が列のなかの一人にをどりかかつて、それを捉まへたのだ。レヴコーはその女の爪が剥きだされて、兇悪な喜びの色が顔に輝やいたやうに思つた。
「妖女《ウェーヂマ》だ!」と、彼は急にその女を指さしながら、館《やかた》の方を振りかへつて叫んだ。
 令嬢《パンノチカ》はにつこり微笑《わら》つた。すると処女《をとめ》たちは叫び声をあげながら、今まで鴉になつてゐた女をつれて、行つてしまつた。
※[#始め二重括弧、1−2−54]まあ、どうしてこのお礼をしたら好いでせうね、若い衆さん? あんたがお金なんか望んでゐないことは分つてゐますわ。あんたはハンナを想つてゐらつしやるのだけれど、むごいあなたのお父さんが結婚の邪魔をしてゐるのでしよ。でもこれからは邪魔をしなくつてよ。この手紙を持つて行つて、お父さんにお見せなさいな……。※[#終わり二重括弧
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