りよせられて、戸が開かれた――と、村長は眼の前に自分の義妹《いもうと》の姿を見て、驚ろきのあまり、あつと呻いた。
「まあ、お前さんつたら、」さういふ声と共に、女は村長に詰め寄つた。「すつかり耄けてしまつただね? あたしを真暗な納屋んなかへ突つこかしたりしてさ。その一つ目小僧のどたまにやあ、これんばかしでも脳味噌があつたのかい? ほんとに鉄鉤《かぎ》に頭をぶつつけなかつたのが目つけものだよ。あたしだよつて、お前さんに言つたぢやないか? この忌々しい熊つたら、鉄みたいな手で人をひつ掴んで突きたふすんだもの! あの世へ行つて悪魔に思ひきり突つつかれるが好い!……」
この最後の捨科白をいひ放つた時、彼女はもう戸の外の、往来へ出てゐたが、それは自分の生理的な用事で外へ出て行つたのである。
「なるほど、これあ、お主ぢやつたわい!」と、村長は我れに返つて言つた。
「どうだね、助役さん、そのやくざ野郎は実は忌々しい悪党ぢやねえか?」
「悪党ですとも、村長さん!」
「もう好い加減に、あのおつちよこちよい共に、うんと一つお灸をすゑて、これからは仕事に身をいれるやうにしむける時分ぢやなからうかね?」
「ええ、もう疾つくにさうしなきやならなかつたのですよ、村長さん!」
「あの馬鹿者どもめが、増長しをつて……。はあて? 往来で義妹《いもうと》の声がしたやうぢやが……。馬鹿者どもめ、つけあがりをつて、わしを同輩かなんぞのやうに思つてけつかるのぢや。このわしを奴らの仲間の、普通《なみ》の哥薩克だとでも考へてけつかるのぢや!……」その言葉についで発せられた軽いしはぶきと、額越しにあたりへ投げられた一瞥とから、村長が今や、何か勿体らしい話を持ち出さうとしてゐることが予測された。「一千……と、ええ、この面倒くさい年号と来た日にやあ、ぶち殺されたつて、すらすら言へるこつちやないが、さて……年に、時の代官レダーチに対して、哥薩克のうちから最も才幹ある者をひとり選び出せといふ命令が下つたのぢや。おお!(この『おお』といつた時に村長は指を高くさしあげた)最も才幹ある者を! 女帝陛下の供奉のために択べといふ命令なのぢや。わしはその時に……。」
「仰つしやるまでもありませんよ、村長さん! それはもう誰でも知つとることです! あなたが廷室の恩寵に浴されたといふ話なら、みんなが知つてをります。時に、手前の申し分が勝
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