瓜畑もなければ、運送屋たちの姿も見えぬ。前後左右とも、がらんとした原つぱなのだ。※[#始め二重括弧、1−2−54]うへつ! 南無三……これはどうぢや!※[#終わり二重括弧、1−2−55]さう言つて、眼をぱちくりやりだしたものだ。が――どうやら、まんざら初めての場所《ところ》でもなささうだ。片方には森があり、森の蔭から何か竿のやうなものが突き出て、ずつと空高く聳えてゐる。何といふ奇態なことだ? それは祭司の家の野菜畑にある鳩舎ぢやないか! 片つ方にも、何か、やつぱり灰色のものが見える。よく見れば、郡書記がとこの藁小屋だ。ほいほい、悪魔め、何処へ引つぱつて来をつたことだ! 暫らくの間、あたりをうろうろ歩きまはつた祖父は、ふと、小径へ出た。月は見えず、そのかはりに雨雲の間からぼうつと白い斑点がのぞいてゐる。※[#始め二重括弧、1−2−54]明日は風が強いだらう。※[#終わり二重括弧、1−2−55]と、祖父は思つた。見ると径のかたわきに塚があつて、その上でトロトロと火が燃えあがつた。※[#始め二重括弧、1−2−54]はあて、※[#終わり二重括弧、1−2−55]祖父は立ち停ると、両手を脇腹にかつたまま、じつとそれを見まもつた。と、その火は消えて、今度は少し離れたところで、また別の火がともつた。※[#始め二重括弧、1−2−54]埋宝だぞ!※[#終わり二重括弧、1−2−55]と祖父は叫んだ。※[#始め二重括弧、1−2−54]これあ、てつきり宝物がうづまつてをるに違ひない!※[#終わり二重括弧、1−2−55]で、早速、彼は発掘にかからうとして、もう手に唾を吐いたが、その時はじめて、自分が鋤もシャベルも持ち合はせてゐないことに、やつと気がついた。※[#始め二重括弧、1−2−54]ええつ、残念ぢや! うむ、だが、わかつたものぢやないて、ひよつとすると、ほんの芝土を取り除けるだけで、そこに奴さん鎮坐ましますつてなことかも! まあ仕方がない。とにかく後で忘れないやうに、目標《めじるし》だけでもつけて置かう!※[#終わり二重括弧、1−2−55]
 そこで、つむじ風に吹き折られたらしい手頃の枝をもぎ取つて、それを火のともつた塚の上へ載せておいて、小径について歩き出した。樫の若木の林はやがてまばらになつて、ちらほら籬が見え出した。※[#始め二重括弧、1−2−54]そうら、どうぢや? 俺が言はんこつちやないて、※[#終わり二重括弧、1−2−55]と、祖父は心の中で呟やいた。※[#始め二重括弧、1−2−54]これあ、祭司《をしやう》がとこの牧場ぢやないか。そうら、この籬も祭司《をしやう》んとこのぢや! もう、うちの瓜畑までは、ものの十町とはない筈ぢや。※[#終わり二重括弧、1−2−55]
 だが、祖父が戻つたのはかなり夜更で、煮団子《ガルーシュキ》も欲しくないといつて食はなかつた。兄のオスタップを起して、ただ一言、運送屋たちはもう発《た》つて行つたかと訊ねたきり、毛皮外套にくるまつてしまつた。そして兄が、※[#始め二重括弧、1−2−54]けふお祖父さんは、いつたい何処へ行つてたの?※[#終わり二重括弧、1−2−55]と訊くと、※[#始め二重括弧、1−2−54]そんなことを訊くでねえ。※[#終わり二重括弧、1−2−55]と、祖父は、一層ひしと毛皮外套にくるまりながら答へた。※[#始め二重括弧、1−2−54]きくでねえだよ、オスタップ、でねえとな――お主、頭の毛が白うなつてしまふだよ!※[#終わり二重括弧、1−2−55]それきり、恐ろしく大きな鼾きを立てはじめたので、瓜畑を塒にしてゐた雀どもが、驚ろいて空へたちあがつたくらゐだつた。だが、爺さん、何の眠つてなぞゐるものか! いふまでもないこと――あの狡い悪党つたら――神よ、希くば彼に天国を与へ給へ!――いつでも、うまく誤魔化してしまふのだ。でなきやあ、歯の浮くやうな唄をうたひ出して、取りあはうともしないのだ。
 その翌る日、野良が、うつすら白みかけるが早いか、祖父は長上衣《スヰートカ》を著て、帯をぎゆつと緊め、鋤とシャベルを小脇に、帽子を頭にかぶつてから、濁麦酒《クワス》を一杯ひつかけると、その口を着物の裾で押し拭つて、真直ぐに祭司の野菜畑をさして出かけた。やがて籬も、長《たけ》の低い樫の林もとほり過ぎた。木立のあひだを縫ふやうに小径がうねつて原へ通じてゐる。どうやら、くだんの小径らしい。果して原つぱへ出た。正しく昨日と同じ場所で、やはり鳩舎が頭を出してゐるが、しかし、藁小屋が見えぬ。※[#始め二重括弧、1−2−54]いや、これは場所が異ふぞ。或は、もう少し先きぢやつたかもしれん。藁小屋の方へ曲らにやならなかつたのぢや!※[#終わり二重括弧、1−2−55]で、後へ引つ返して、もう一つの小径について歩き出した――と、
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