若者でせうが!※[#終わり二重括弧、1−2−55]とでも言つてゐるやうだつた。汚れた襯衣《シャツ》を著た腕白どもが物珍らしさうに駈けて来た。十六匹の仔豚をつれて庭を徘徊してゐた牝豚は、探るやうな顔つきで鼻づらを上へあげて、いつもより声高にゲエゲエ唸つた。庭の地べたに、莚にひろげた小麦や稷や大麦が夥しく天日に乾してあつた。
 イワン・フョードロ※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ッチはひどく夢中になつて、さうしたものに見惚れてゐたが、馭者台から降りたばかりの猶太人の腓《ふくらはぎ》に斑犬《ぶちいぬ》が噛みついた時、はじめて我れに返つた。炊事婦《すゐじをんな》と、下働女《したばたらき》と、それから毛織の下袴《ペチコート》を穿いた二人の女中から成る使用人の一隊が駈けよつて、※[#始め二重括弧、1−2−54]あれまあ、お邸の旦那様だよ!※[#終わり二重括弧、1−2−55]と、先づ一言おつたまげた声で叫んでから、叔母さんは女中のパラーシュカと、それから、時には作男や夜番の役目まで引きうける馭者のオメーリコを連れて、畠へ麦を蒔きつけに行つてゐると告げた。しかし、目ざとくも遠くから蓙掛《ござが》けの幌馬車《キビートカ》を見つけた叔母さんは、はやくも其処へ帰つて来てゐた。そしてイワン・フョードロ※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ッチは彼女が殆んど彼を両の手で持ちあげるやうにしたので、びつくりして、これが自分の老衰と病弱を訴へてよこした、あの当の叔母かしらと怪しんだ。

    三 叔母

 叔母のワシリーサ・カシュパーロヴナは、当時五十歳前後であつた。彼女は一度も良人を持つたことがなく、いつも、未婚の生活が自分にとつては何より大切だといふことを口癖にしてゐた。だが、私の憶えてゐるかぎりでは、彼女を嫁に世話しようとする者が一人もなかつたのだ。それは、男といふ男がみな、彼女の前へ出ると、妙に気おくれがして、彼女を口説くだけの勇気が出なかつたことに起因してゐる。※[#始め二重括弧、1−2−54]とても、ワシリーサ・カシュパーロヴナの気性にはかなはん!※[#終わり二重括弧、1−2−55]さう未婚の男たちは言ふのだつたが、それは至極尤もなことであつた。ワシリーサ・カシュパーロヴナにかかつては、誰彼なしに、青菜に塩も同様だつたから。全くどうにも始末におへない酔つぱらひの粉屋の大将を、彼女
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