。彼は異様な声をあげて叫ぶとともに、前後不覚に泣きだした。そこで馬首をキエフの方角へ向けて、真一文字に駈けに駈けた。彼には万象《ものみな》が、八方から彼を捕へるために追つかけて来るやうに思はれた。暗い森の樹々が、さながら生けるものの如く、黒い鬚を垂れ、長い枝を伸ばして彼を絞め殺さうとし、星は彼の先きに立つて走りながら、万人にこの極悪人を指し示すかとも思はれ、路そのものまでが、彼の跡を追つて来るやうに思はれた。
 絶望した魔法使は、キエフの霊場をさして疾駆した。

      十五

 洞窟の中には、燈明《みあかし》を前に一人の隠者がぽつねんと、聖書から眼も離さずに坐つてゐた。彼がこの洞窟に蟄居してから、もう長い年月が経つた。彼は自分で木の棺を拵らへて、夜はそれを寝床にして寝てゐた。聖《けだか》い老翁は聖書を閉ぢて祈祷を始めた……。と、その時、異様な物凄い形相の男が不意に飛びこんで来た。聖《けだか》い隠者はそのやうな人間を見ると、初めは驚愕のあまり後退《あとずさ》りをした。その男は白楊の葉のやうに全身をわなわな顫はせてゐた。不気味な流※[#「目+丐」、181−3]《ながしめ》をしてゐる両
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