つてゐた、銀象嵌入りの赤い煙管とピカピカ光る燧鉄《うちがね》の入つた巾着を見て、いたいけな両手をさしのべて、にこにこと笑つた。「親爺のあとつぎぢやのう!」と、老大尉は煙管を外してその手に持たせながら言つた。「まだ揺籃のなかにをる癖に、もう煙管をくはへることを考へとるのぢや!」
カテリーナはホッと溜息をつきながら、揺籃をゆすりだした。その夜はみんないつしよに明かさうと申し合はせたが、暫らくすると一同は寝についた。カテリーナも眠りに落ちた。
家の内も外もひつそりと静かだつた。ただ夜警の哥薩克が起きてゐるばかりだつた。突然、あつと叫んでカテリーナが眼を醒ました。それについで一同も眼をあいた。「坊やが殺されてゐる、坊やが斬り殺されて!」さう叫んで、彼女は揺籃へ飛びついて行つた……。一同は揺籃を取り囲んだ。そして、揺籃の中に息絶えた幼児を見出すと、恐怖のために化石したやうになつて、誰ひとり口を開かなかつた。この言ひやうのない残虐を、どう考へてよいか知る者はなかつた。
十二
ウクライナの国境から遠く波蘭を横ぎり、繁華な*レンベルグの市《まち》を越えて、高い連峯が列をなして走つ
前へ
次へ
全100ページ中72ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
平井 肇 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング