神の審判がある筈だから。彼が獄に投ぜられたのは、密かな裏切りのためだ。――正教の国、露西亜の仇敵と内通し、ウクライナの国民を加特力教徒に売り、正教の寺院を焼き払はうとしたかどに依つてである。魔法使《コルドゥーン》は陰鬱な顔をしてゐる。彼の頭には夜のやうに暗い思想が去来してゐるのだ。もう彼の命も旦夕に迫つて、明日を最後にこの世からおさらばなのだ。彼の死刑はいよいよ明日に迫つてゐる。彼を待つてゐる処刑は決して軽いものではない。たとへ生きながら釜茹でにされても、罪深い生皮を剥がれても、まだまだ、生やさしいことである。
魔法使《コルドゥーン》は気難かしく頭べを垂れてゐる。或は、今や最期に直面して悔悟してゐるのかもしれない。しかし彼の罪業は神の赦すべくもない深いものだ。彼の頭の上には鉄格子の嵌つた小窓がある。鎖を曳きずりながら彼は、娘が外を通らないかと、伸びあがつて窓を覗いた。気立の柔しい、小鳩のやうにあどけない彼女も、この父親を不憫には思はないだらうか?……しかし、誰ひとり来なかつた。下には路がつづいてゐるけれど、そこを通る者はたれ一人なかつた。路の下にはドニェープルが波だつてゐる。無心の河
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