奴だ! 彼奴だ!」さういふ叫び声が、互ひにぴつたり躯《からだ》を擦り寄せるやうにした群衆のあひだから聞えた。
「*魔法使《コルドゥーン》がまた現はれたのだよ!」さう叫んで、母親たちは我が児の手をしかと掴んだ。
 大尉は厳かに威儀を正して前へ進み出ると、魔法使《コルドゥーン》の面前に聖像をかざしながら、凛然たる声で言ひ放つた。『消え失せい、悪魔《サタン》の姿め! ここは汝《うぬ》のをるべき場所ではないぞ!』すると怪しい老人は無念さうに呻いて、狼のやうに歯を噛みならしながら、姿を消した。
[#ここから4字下げ、折り返して5字下げ]
魔法使《コルドゥーン》 悪魔と交通して妖術を体得した人間。
[#ここで字下げ終わり]
 がやがやと、まるで暴風《あらし》の海のやうに、いろいろの取沙汰や論議が人々の間に持ちあがつた。
「いつたい、その魔法使《コルドゥーン》といふのは何だね?」と、若い連中や、これまでそんなものに出会つたことのない手あひが口々に訊ねた。
「災難が来るだよ!」と老人連は首を振りながら言つた。そして広い大尉邸の中では到るところ、そこここに、五人七人と屯して、人々がこの奇怪な魔法使《コル
前へ 次へ
全100ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
平井 肇 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング