その老人が来てゐたなら定めし様々の珍らしい物語をして聴かせたことだらう。まつたく、そんなに永らく異端の地で暮したものに、珍らしい話のない筈はない! あちらでは何もかもが異つてゐる。住民もまるで異へば、基督の会堂といふものもない……。だが、しかしその老人はやつて来なかつた。
客の前へは、乾葡萄と梅の実の入つた混成酒《ワレヌーハ》や、大きな皿にのせた婚礼麺麭《コロワーイ》が運ばれた。楽師どもは暫し音楽をやめ、鐃※[#「金+拔のつくり」、第3水準1−93−6]《ツィンバルイ》や提琴や羯鼓をかたへに置いて、貨幣の焼き込んである婚礼麺麭《コロワーイ》の底を熱心に探つた。一方、新造や娘たちは刺繍《ぬひ》のある手布《ハンカチ》で口ばたを拭つて、再び自分たちの列から前へ進み出た。すると若者どもは両脇に手をかつて、誇りかにあたりへ眼を配りながら、まさに彼女たちを迎へて踊り出さうとした――丁度その時、新郎新婦を祝福するために老大尉が二つの聖像を捧げて現はれた。その二つの聖像は高徳の誉れ高い苦業僧*ワルフォロメイ聖者から授けられたものであつた。それには何らきらびやかな飾りもなく、金銀の燦やきとてはなかつた
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