をまがると、樹木の生ひ繁つた河岸に沿うて馳つた。その河岸には墓地が見えて、古びた十字架が一塊り林立してゐた。そこには*肝木《カリーナ》一本、青草一筋なく、ただ月のみが高い天上から十字架を照らしてゐるばかりであつた。
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肝木《カリーナ》 忍冬科の落葉灌木。
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「おい、聞えるだらう、あの呼び声が? 誰かおれたちに助けを求めてをる!」と、ダニーロが舵子の方を顧みて言つた。
「呼び声が聞えてをります。どうやらあちらの方かららしうございます。」と小者たちは異口同音に、墓地を指さしながら答へた。
しかし、あたりは以前の静寂にかへつた。舟は方向を転じて、突出した陸地に沿うて迂囘しつつあつた。突然、舵子どもは櫂もつ手をさげ、息を殺して、じつと眼をみはつた。ダニーロもハッとばかり固唾をのんだ。怖れと寒けがゾッと哥薩克|男子《をのこ》の背筋を走つた。
一つの墓のうへの十字架がゆらゆらと揺れたかと思ふ途端に、乾からびた死人が、墓の中からすうつと立ち上つたのだ。頤鬚が帯のあたりまでも垂れ、長く伸びた指の爪は、指そのものより揺かに[#「揺かに
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