始め二重括弧、1−2−54]うん、これあまんざらでもないぞ。※[#終わり二重括弧、1−2−55]祖父は、食卓のうへに並べられた豚肉や腸詰や、それから玉菜《キャベツ》と一緒に微塵切りにした玉葱や、その他さまざまの美味《うま》さうな御馳走を見ると、心ひそかに呟やいた。※[#始め二重括弧、1−2−54]なるほど、魔性の悪党どもが精進を守るわけはあるまいて。※[#終わり二重括弧、1−2−55]ところで御承知おき願はねばならぬことは、この祖父といふのがまた、至つて健啖家で、何かにのきらひなく、むしやむしや頬張る機会を逃す人ではなかつたことぢや。頗るつきの喰らひ抜けと来てゐたので、碌々はなしにも身を入れず、刻んだ豚脂《ベーコン》の入つた鉢と燻豚《ハム》とを引き寄せると、百姓が乾草を掻きよせる熊手とあまり大きさの違はないやうな肉叉《フォーク》をとりあげて、それでもつて一番重たさうな一と片《きれ》を突き刺した。それに麺麭を一※[#「てへん+毟」、第4水準2−78−12]り取りそへて、やをら、口へ持つていつたつもりだつたが、はて面妖な、それは自分の直ぐ脇にゐた奴の口へ入つてゐた。そしてすぐ耳もとで、どいつだか、ガツガツと、食卓ぢゆうに響きわたるやうな歯音を立てながら、口を動かしてゐるけはひが聞えるばかり。祖父の口へは何一つ入つちやゐない。そこで今度はまた別の片《きれ》を取りあげたが、ちよつと唇に触つたと思つただけで、自分の咽喉へは通らなかつた。三度目もやはり同じやうにわきへ外《そ》れてしまつた。赫つと腹を立てた祖父は、怖ろしさも、自分が何者の手中に落ちてゐるかも忘れて、妖女《ウェーヂマ》どもに喰つてかかつた。『いつたい全体、汝《うぬ》たちヘロデの後裔《ちすぢ》どもめは、このおれを嘲弄してけつかるのか! たつた今、おれの哥薩克帽を返してよこせばよし、さもないと汝《うぬ》たちの豚面を項《うなじ》の方へ向けて捩ぢまげて呉れるぞ!』その言葉の終るのも待たずに、すべての妖怪どもは歯を剥き出して、祖父の魂がぞつと慄へあがつたほど、物凄い笑ひ声をあげた。
「よござんす!」と妖女《ウェーヂマ》の一人が金切声で叫んだ。それは仲間のうちのどいつより、きたない面をしてゐたから、多分、一番|年長《としかさ》のやつに違ひないと祖父は考へた。「帽子は返してあげるけれど、その前に妾たちと三度だけ※[#始め二重括弧
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