見えるかと思ふと、またパッと燃えたつて、哥薩克の手に捉まへられた波蘭の貴族のやうにブルブル顫へてゐる川の波に反映するのだ。おや橋がある! ※[#始め二重括弧、1−2−54]さあ、ここを渡るのは悪魔の乗つた二輪馬車より他《ほか》にはあるまいて。※[#終わり二重括弧、1−2−55]だが、祖父は大胆にも歩を進めた。そして、人が一服やらうとして嗅煙草入を取り出すのよりてつとり早く、むかふ岸へ渡つてゐた。見れば焚火をかこんでゐるのは一群れの妖怪で、そのみつともいい御面相といつたら、これが他《ほか》の場合だつたら、何を犠牲にしたつて、こんな化物とちかづきになるのは真平だつたらう。しかし、今は是が非でもわたりをつけなくちやならない。そこで祖父は、妖怪どもに向つて馬鹿叮嚀に腰をかがめて、『今晩は、皆の衆!』と挨拶をした。ところが、会釈ひとつ返す奴でもあらうことか、黙りこくつて坐つたまま、何かしら怪しげなものを、しきりに火の中へふり撒いてばかりゐくさる。一つ空いてる場所があつたので、祖父は遠慮会釈なしにそこへ坐りこんだ。だが、その御面相の綺麗な妖怪どもは、依然として黙りこくつてゐる。祖父も何ひとこと言はぬ。一同は長いあひだ、無言のままで坐りとほした。祖父はもうそろそろ退屈になつてしまつた。そこで衣嚢《かくし》をまさぐつて煙管を取り出しながら、あたりを一とわたり見まはしたが、どいつ一匹こちらに注意をしてゐる奴もない。『さてなんぢや、皆の衆、甚だもつて申しかねることぢやが、その、いはばなんぢやて、(祖父は酸いも甘いも噛みわけた苦労人で、駄弁を弄してバツをあはせる術《て》もよく心得てゐたので、たとへ皇帝《ツァーリ》の前へ出ても決して戸惑ひするやうなことは万々なかつた)いはばその、甚だ勝手なことを申すやうぢやが、どうか悪く思はんで頂きたい――かうしてわしは煙管《パイプ》を持つてをるにはをるけれど、生憎と、これに、その、火をつけるべき物の持ちあはせがないのぢやが。』こんな風に持ちかけてみても、やはりなんの手応へもない。ただ醜面《しこづら》の一匹が、真赤に火のついた、燃えさしの木切れを取りあげて、まともに祖父の眉間へ突きつけたので、もし彼が体《たい》をかはさなかつたものなら、恐らく永久に片方の眼玉におさらばを告げなければならなかつたことだらう。空しく時刻《とき》のうつるのを見て、つひに彼は、この
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