ちやんと天からでも降つてわいたやうに、ひよつこり望みの品が現はれてゐるのだ。
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一 ハンナ
高らかな歌声が×××村の往還を川水のやうに流れてゐる。それは昼間の仕事と心遣ひに疲れた若者や娘たちが、朗らかな夕べの光りを浴びながら、がやがやと寄りつどつて、あの、いつも哀愁をおびた歌調《しらべ》にめいめいの歓びを唄ひだす時刻であつた。もの思はしげな夕闇は万象を朦朧たる遠景に融かしこんで、夢見るやうに蒼空を抱擁してゐる。もう黄昏《たそがれ》なのに歌声はなほ鎮まらうともしない。村長の息子のレヴコーといふ若い哥薩克は、*バンドゥーラを抱へたまま、こつそり、唄ひ仲間から抜けだした。彼の頭には仔羊皮《アストラハン》の帽子が載つてゐた。彼は片手で絃《いと》を掻き鳴らしながら、それにあはせて足拍子をとつて往還を進んでゆく。やがて、低い桜の木立にかこまれた一軒の茅舎《わらや》の戸口にそつと立ちどまつた。それはいつたい誰の家だらう? 誰の戸口だらう? ちよつと息を殺してから、彼は絃《いと》の音に合はせて唄ひだした。
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バンドゥーラ
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