の名を囁やいた。※[#始め二重括弧、1−2−54]おやすみ、おれの別嬪さん! そして世界ぢゆうで一番幸福な夢を御覧! だがどんな夢だつて、おれとお前の明日の目醒めに勝るやうな幸福な夢はなからうよ!※[#終わり二重括弧、1−2−55]彼は女にむかつて十字を切ると、窓を閉めて、こつそりそこを遠ざかつた。かくて数分の後には、村ぢゆうがすつかり眠りに落ちた。ただひとり月のみは相も変らず皓々として、豪華なウクライナの果しなき沙漠のやうな空にいみじくも浮かんでゐる。同じやうに、荘重な息吹《いぶき》が天上にも聞かれ、夜が、神々しい夜が、厳そかに更けて行く。妙なる銀《しろがね》の光りに包まれた地上もまた美しかつた。だが、最早それに見惚れる人の子は一人もなかつた。何もかもが深い睡りにおちてゐた。ただ時をり犬の遠吠えが束の間だけ沈黙《しじま》を破るのみで、酔ひしれたカレーニクはなほも自分の家をさがしながら、寝しづまつた往来を長いあひだうろつき※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]つてゐた。
[#地から2字上げ]――一八二九年――
底本:「ディカーニカ近郷夜話 前篇」岩波文庫、岩波書店
1937(昭和12)年7月30日第1刷発行
1994(平成6)年10月6日第8刷発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
※底本の中扉には「ディカーニカ近郷夜話 前篇」の表記の左下に「蜜蜂飼ルードゥイ・パニコー著はすところの物語集」と小書きされています。
※「*」は訳注記号です。底本では、直後の文字の右横に、ルビのように付いています。
※「灯」と「燈」は新旧関係にあるので「灯」に書き替えるべきですが、底本で混在していましたので底本通りにしました。
入力:oterudon
校正:伊藤時也
2009年8月6日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全19ページ中19ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ゴーゴリ ニコライ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング