、1−2−55]
白い手がさしのべられると、その顔はいとも麗はしい光りを帯びて輝やきだした……。不思議な胸さわぎと、堪へがたい胸の動悸を覚えながら、彼はその手紙を受け取つた……と、そこで目が醒めた。
六 目醒めて
※[#始め二重括弧、1−2−54]おれはほんとに眠つてゐたのだらうか?※[#終わり二重括弧、1−2−55]と、小さい丘から立ちあがりながら、レヴコーはひとりごちた。※[#始め二重括弧、1−2−54]まるで夢とは思へないくらゐ、まざまざとしてゐたつけなあ!……不思議なことだ、まつたく不思議なことだ!※[#終わり二重括弧、1−2−55]さう、彼はあたりを見まはしながら繰りかへした。彼の頭のうへにかかつてゐる月が、もう真夜中だといふことを物語つてゐた。どこもかしこも森閑としてゐる。池の面からは冷気が吹きわたり、その上には鎧扉を鎖したままの古い地主館《ぢぬしやかた》がいたましげに聳え立ち、はびこるにまかせた青苔や雑草は、すでに永の年月ここに人の住はぬことを物語つてゐる。ふと彼は、夢のあひだぢゆう痙攣的に握り緊めてゐた片方の手を開くと同時に、あつと叫んだ。――事実そこには手紙が掴まされてゐたのである。※[#始め二重括弧、1−2−54]ああ、おれに読み書きが出来たらなあ!※[#終わり二重括弧、1−2−55]と、彼はそれを眼の前であちこちひつくり返して見ながら、呟やいた。その刹那、彼のうしろで物音がした。
「怖《こは》がるこたあない、いきなり彼奴を引つつかまへちまへ! 何をびくびくしとるんだ? 味方は多勢だぞ。確かにこいつは悪魔ではなくて人間だ!……」かう、村長が部下に向つて叫んだ。それと同時に、レヴコーは幾人もの腕にとり拉《ひし》がれるのを覚えたが、中には恐怖のためにぶるぶる顫へてゐるのもあつた。「畜生め、その怖ろしい仮面《めん》を脱ぎをれ! 人を愚弄するのも、もういい加減にしくされ!」彼の襟髪を掴んでかう言つた村長は、相手の顔に眼をそそぐと共に仰天してしまつた。「これあ、レヴコーだ! わしの忰だ!」彼は驚ろきのあまり、たじたじと後ずさりをして、ぐつたり手を落しながら喚いた。「それぢやあ、貴様だつたのか、くたばりぞこなひめ! この碌でなし野郎めが! わしは又、どこの悪党が皮外套《トゥループ》を裏がへしになど著てわるさをさらしをるかと思つたのに! みんな汝《うぬ》の仕業なのぢやな、――生煮えの葛湯《キッセリ》で汝《うぬ》の親爺が息をつめて斃《くたば》つてしまやあええ!――往来で乱暴を働らいたり、碌でもない歌を作つて唄つたりしをつて……。えいえい、レヴコー汝《おの》れはな! なんちふこつた? おほかた、どしやう骨を叩き折つて貰ひたいのぢやらう! こいつをふん縛れ!」
「待つておくれ、お父《とつ》つあん! この手紙をあづかつて来たんだよ。」と、レヴコーが言つた。
「ええい、今は手紙どころの騒ぎぢやないわい、この馬鹿者めが! さつさとこやつを縛つてしまへ!」
「お待ちなされ、村長さん!」と、その手紙を開きながら助役が言つた。「これあ、代官からの直筆ですぞ!」
「なに、代官からの?」
「代官からの?」と、村役人たちも機械的に繰りかへした。
※[#始め二重括弧、1−2−54]なに、代官からだつて? こいつは変だぞ! いよいよ分らなくなつたわい!※[#終わり二重括弧、1−2−55]と心の中でレヴコーは考へた。
「読んでみて下され、読んでみて!」と村長が言つた。「何をいつたい、代官から言つてよこしたものか?」
「はあて、代官からいつたい何を言つてよこしたのか、拝聴するとしようか!」と、煙管を啣へて火を燧ちながら、蒸溜人《こして》が言つた。
助役は咳ばらひをしてから読みはじめた。
※[#始め二重括弧、1−2−54]一つ、村長エヴトゥーフ・マコゴニェンコに対する命令のこと。本官の聞き及ぶところによれば老齢暗愚なる貴下は従来の滞納金を徴収もせず、村内の秩序に意を用ふることもなく、剰さへいよいよ逆上して醜陋の限りを尽し……※[#終わり二重括弧、1−2−55]
「はつて面妖な!」と、村長が遮ぎつた。「とんと良く聞えんが!」
助役は改めて初めから読み直しにかかつた。
※[#始め二重括弧、1−2−54]一つ、村長エヴトゥーフ・マコゴニェンコに対する命令のこと。本官の聞き及ぶところによれば、老齢暗愚なる……※[#終わり二重括弧、1−2−55]
「うんにや、よろしい! そこは肝腎なところぢやないて!」と、村長が喚き出した。「尤もよくは聞き取れなかつたけれど、まだ、そこは本題ぢやない。先きを読んで下され!」
※[#始め二重括弧、1−2−54]扠、つぎに本官は貴下の子息レヴコー・マコゴニェンコに貴村の哥薩克娘ハンナ・ペトゥルイチェンコワなる者を即
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