何の代償として、またどういふ手段でそれを手に入れたのか――それはどうしても思ひ出すことが出来なかつた。
二つの金袋を見ると、コールジュの心は折れた。『ほんにペトゥルーシャはなんちふ変物ぢやらう! おらがあれに目をかけてやらなかつたとでもいふのかい? うちぢや、あれを親身の息子のやうにしとつたでねえか!』などと、老人はまるで歯の浮くやうな出放題をならべ立てたものぢや。ピドールカは、弟のイワーシが通りすがりのジプシイにかどはかされたことを話したがペトゥローはイワーシの顔を思ひだすことさへ出来なかつた。そんなにまで呪はしい化生の物のためにたぶらかされてゐたのぢや。もう何も躊躇することはなかつた。波蘭人には体のいい肘鉄砲を喰はせておいて、さつそく婚礼の支度がととのへられた。白い婚礼麺麭が焼かれたり、布巾《ふきん》や手巾《ハンカチ》がしこたま縫はれたりして、焼酎の樽がころがし出されると、新郎新婦は並んで卓子につき、大きな婚礼麺麭が切られた。四絃琴《バンドゥーラ》や鐃※[#「金+拔のつくり」、第3水準1−93−6]《シンバル》、笛や八絃琴《コーブザ》の楽の音がとどろきわたつて――歓楽がつづいた……。
むかしの婚礼はとても今時のそれとは比べものにはならなかつた。祖父の叔母がよく話したことぢやが、ただもう、やんややんやといふ騒ぎで! 娘たちは上を金モールで巻いた、青や赤や桃いろのリボンで拵らへた頭飾《かんむり》をかぶり、縫ひめ縫ひめを赤い絹絲でかがつて小さい銀の花形をつけた薄いルバーシュカを身につけ、背の高い踵鉄《そこがね》をうつたモロッコ革の長靴をはいて、まるで雌孔雀のやうに軽快に部屋ぢゆうを踊りまはつた。また新造たちは新造たちで、頂上がすつかり紋金襴で出来て、項《うなじ》のところに小さい切れ目のある(そこから金ピカの頭巾《アチーポック》が覗いてゐたが、それには極々ちひさい、黒い仔羊皮《アストラハン》の角が前と後ろへ一つづつ突き出てゐた)舟型帽《カラーブリク》をかぶり、赤い飾布《クラーパン》のついた上等の古代絹の波蘭婦人服《クントゥーシュ》を著て、勿体らしく両手を脇にかつて、ひとりひとり正しい型のゴパックを踊つた。若者たちはまた、背の高い哥薩克帽をかぶり、薄羅紗の長上衣《スヰートカ》のうへから銀絲で刺繍をした帯をしめ、口に煙管《パイプ》をくはへたまま、女たちにむかつて媚びるやうな踊り方をしながら、ときどき戯口《ざれぐち》をきいた。コールジュまでが若者たちを見ては我慢がならなくなつて、寄る年波も忘れて浮かれだした。この老人は酒杯《さかづき》を頭にのつけて、四絃琴《バンドゥーラ》を手にすると、煙管《パイプ》をすぱすぱやりながら、歌を口ずさみ口ずさみ、ぞめき連のやんやといふ喝采につれて、しやがみ踊りをおつぱじめたものだ。一杯機嫌になると何をやりだすか知れたものぢやない。仮面《めん》をかぶれば――いやもう、まるで人間の恰好ではない。どうしてどうして、今時の仮装などは、むかし婚礼の時にやつたものとは、てんで比べものにはならんて。当節やるのは、なんぞといへば、せいぜいジプシイか大露西亜人《モスカーリ》の真似ごとぐらゐが関の山ぢや。ところが、そんなものとは大違ひで、一人が猶太人に紛すると一人は鬼になつて、最初は接吻しあつたりなどしてゐるが、そのうちに房髪《チューブ》の掴みあひをおつぱじめる……。まつたくどうも! 一同は腹をかかへて笑ひころげたものぢや。土耳古人や韃靼人の服装《なり》をしてゐる者もある。それがみんな火のやうにキラキラと光つてをるのぢや……。ところが、そのうちにふざけた馬鹿な真似がおつぱじまる……いやもう、とても堪つたものぢやない! 亡くなつた祖父の叔母は、この婚礼の席に列なつて、とても滑稽な一幕を演じてしまつたものぢや。叔母はその時、なんでも韃靼風のだぶだぶした衣裳をつけて、酒杯《さかづき》を持ちまはつて一同に酒をすすめてゐたさうぢや。すると一人の男が悪魔にでもそそのかされたのか、うしろから叔母のからだへ火酒《ウォツカ》をぶつかけをつたのぢや。するともう一人の別の男が待つてゐたといはんばかりに、即座に火を燧つてそれに点けをつた……。火焔がぱつと燃えあがつた。可哀さうに、叔母はすつかり仰天してしまひ、満座のなかで着物をのこらずかなぐりすてた……。まるで市場のやうに、わつといふざわめきと、哄笑と、馬鹿さわぎが持ちあがつた始末さ。一と口に言へば、どんな老人《としより》も未だ曾てこれほど愉快な婚礼には出会つたためしがないといふほどぢやつた。
ピドールカとペトゥルーシャとは、まるで殿様と奥方のやうな暮しをはじめた。なに不自由なく、万事につけてきらびやかに……。しかし堅気な人たちは二人の暮しを眺めて、かすかに首をふつた。『悪魔から福は来るものでねえだ。』さう彼等は異口同音に言ふのだつた。『正教徒をたぶらかす悪魔からでなくて、どこからあんな富がころげこんで来るものか。いつたいどこからあの山のやうな金貨を手に入れたのだらう? それに、なんだつてあの男が金持になつたと同じ日に、不意にバサウリュークの姿が消えて無くなつたんだらう?』どうも人の臆測といふものは馬鹿にならんものでな! 一と月とたたぬうちにペトゥルーシャはまるで人間が変つてしまつた。いつたい彼はどうしたといふのか――さつぱり訳がわからん。同じところに坐つたまま、一と言も人とは口をきかず、しよつちゆう物思ひに耽つて、何事かを一心に思ひ出さうと骨折つてゐるらしいのぢや。どうかしたはずみに、ピドールカがやつと口をあかせると、妙にきよとんとしながらも、すこしは話もして、気分もいくらか晴れるやうなのぢやが、ふと、くだんの袋を見ると、『待て待て、どうも思ひ出せんわい!』さう口ばしつて、またもや深い物思ひに沈んで、再び何事かを思ひ出さうと一心不乱になるのぢや。時々じつと、長いあひだひとつ場所《ところ》に坐つてゐると、いかにも何もかもが初めから脳裡《あたま》に浮かびあがつて来さうな気がするのぢや……が、やはりまたぼうつとしてしまふのぢや。どうやら、自分は居酒屋に坐つてゐるらしく、火酒《ウォツカ》が運ばれて来る、火酒《ウォツカ》が舌に焼けつく、火酒《ウォツカ》はとても厭だ、誰かそばへ近よつて来て肩を叩く、その男が……しかし、それから先きはまるで眼のまへに霧がかかつたやうで、とんと思ひ出せぬ。汗が顔からたらたら流れる、彼はぐつたりして、その場に居竦まつてしまふのだつた。
ピドールカはありとあらゆる手段《てだて》をつくした。修験者に相談したり、★怯え落しや癪おさへの呪術《まじなひ》もしてみたが――しかし、なんの験《しるし》もなかつた。
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★ わたしの地方では人が悸病《おびえ》にかかつた時、その原因を知るために『怯え落し』をやる――それには先づ錫か蝋を溶かして水の中へ流しこむのだ。するとそれが病人を怯えさせてゐるものの姿に似た形を現はす、それで怯えはすつかり落ちてしまふのぢや。『癪おさへ』といふのは吐気《むかつき》や腹痛の時にやるもので、それには大麻の切れはしに火をつけてコップのなかへ入れ、それをば病人の腹のうへに水を盛つて載せた鉢のなかへ、底をうへにして、伏せるやうにして入れる。それから呪文をとなへてから、その鉢の水を一匙だけ病人に呑ませるのぢや。(原作者註)
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かくてその夏もすぎた。哥薩克たちの多くは秋の刈り入れをすました。そして生れつき放縦な多くの哥薩克たちはまたもや戦地へと出征した。鴨の群れはまだ土地《ところ》の沼地に群れてゐたが、鷦鷯《みそさざい》はもう影も見せなかつた。曠野《ステッピ》は一面に赤くなつた。そこここに穀類の禾堆《いなむら》が、ちやうど哥薩克の帽子のやうに野づらに点々と連なつてゐた。時をり村道を、柴や薪をつんだ荷馬車が通つてゆくのが眼についた。大地はいよいよ固くなり、ところどころに凍《い》てが染みとほつた。やがて空から雪がチラチラと落ちはじめ、木々の枝は兎の毛のやうな霜で飾られた。晴れた極寒の日には優雅な波蘭貴族よろしくの姿をした胸の赤い鷽《うそ》が餌を曳つぱりながら雪の上を歩きまはり、子供らはでつかい槌を持つて氷の上を走りまはつて、木の球を追つかけた。一方、彼等の父親たちは楽々と煖炉《ペチカ》のうへに寝そべつてゐたが、時をり、吸ひつけた煙管をくはへたまま戸外《そと》へ出て来ては、いかにも素晴らしい大寒日和をさんざんに褒めののしつたり、または入口の土間で、寝かしてあつた穀物に風を通したり搗いたりするのぢやつた。やがて雪が解けはじめ、梭魚《かます》が尾で氷を砕いた。だが、ペトゥローの容態には依然として変りがなく、時と共にいよいよ気むづかしさがつのる一方だつた。足もとに金貨の袋を置いたまま、鎖にでも繋がれたやうに、家の真中に坐つてゐた。髪はぼうぼうと伸び放題で、まるで野育ちのやうに、見るからに怖ろしい形相になつて、絶えず一つのことに思ひを凝らして、何事かを思ひ浮かべようと一心になりながら、それが思ひ出せぬのに焦れたり、怒つたりした。時々、暴々しく席を蹴つて立ちあがると、両手を打ち振り打ち振り、何ものかを捉まへようとでもするやうに、じつと眼を凝らすことがあつた。唇は、何かずつと前に忘れてしまつた言葉を、どうかして口へ出さうとしてあせるやうに、ぴくぴくするのだが――やはり又じつと動かなくなる……。狂暴の発作が襲つてくると、まるで正体もなく歯がみをして、われとわが手に咬みついたり、苛立ちまぎれに髪の毛を引きむしつたりするが、やがてそれが鎮まると、さながら夢うつつのやうにばつたり倒れてしまふ。それから又しても囘想に耽りはじめて、再び狂暴になり、更に懊悩するのだつた。何といふ怖ろしい天罰だらう? ピドールカはまるで生きた心地もしなかつた。最初のほどはひとり家にゐるのが怖ろしかつたが、しまひには、可哀さうに、さうした悲しみにも馴れて来た。だが以前のピドールカの面影は跡形もなくなつた。頬のいろざしも微笑も影をひそめて、容色は衰ろへ、影は薄れて、美しい眼も泣き枯らしてしまつた。一度、さる人が彼女を憐れに思つて、熊ヶ谷に棲んでゐる巫女《みこ》のもとへ行つてみたらとすすめた。その巫女はこの世にある限りの、どんな病気でもよく癒《なほ》すといふので、大変な評判だつた。そこで彼女はいよいよそれを最後の手段にもと、思ひきつて出かけて行つて、いろいろと言葉をつくして、その老婆を伴つて家へ帰つて来た。それは折しもイワン・クパーラの前夜の宵のことだつた。ペトゥローは正体もなく腰掛のうへにぶつ倒れてゐたので、その新来の客にはまるで気がつかなかつた。ところが、やがて少しづつ頭をもたげると、相手の顔をまじまじと穴のあくほど眺めた。と、不意に、まるで断頭台のうへに立たされたやうに、からだぢゆうががたがた顫へだして、髪の毛がさつと逆立つた……。そして彼は、ピドールカがひやりとしたほど物凄い声をあげて笑ひだした。『思ひ出したぞ、思ひ出したぞ!』さう彼は、こをどりをして喚きざま、矢庭に斧を振りあげて、力まかせに老婆をめがけて、はつしとばかり、投げつけた。斧の刃が三寸ばかりも、樫の板戸へ、丁と打ちこまれた。と、老婆の姿はいつの間にか消え失せて、白いシャツを著た七つばかりの子供が頭べをつつまれて家の中ほどに立つてゐる……。敷布《シーツ》が落ちた。『イワーシ!』とピドールカが叫んで駈け寄つた。すると幻影《まぼろし》は足の先から頭の天辺まで、全身血まみれになつて、家ぢゆうを赤い光りで照らした……。びつくり仰天したピドールカは入口の土間へ逃げ出した。しかし僅かに正気を取りもどすと共に、良人の身を案じて引つ返さうとしたが、時すでに遅かつた! 眼の前に戸がぴつたり閉されて、とても彼女の手では開けられさうにもなかつた。人々が駈けつけて、戸をどんどん叩いた。戸は外れた。だが、内部《なか》はもぬけの殻だつた! 家ぢゆうに煙が立ちこめて、ただ、まんなかのペトゥルーシャの立つてゐた
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