時々、悪魔がわるさをしをるので、一度だつてここの定期市《ヤールマルカ》に災難がなくて済んだためしがねえのさ。昨夜《ゆんべ》おそく、郡書記が通りすがりに、ひよいと見るてえと、空気窓《かざまど》から豚の鼻づらが戸外《そと》をのぞいて、ゲエゲエ呻つたちふだよ。それで奴さん、頭から冷水でもぶつかけられたやうに、ぞうつとしたちふこつた。またしても、あの※[#始め二重括弧、1−2−54]赤い長上衣《スヰートカ》※[#終わり二重括弧、1−2−55]がとびだすに違《ちげ》えねえだよ!」
「その※[#始め二重括弧、1−2−54]赤い長上衣《スヰートカ》※[#終わり二重括弧、1−2−55]つてえなあ、いつたいなんだね?」
 ここで、われらの注意ぶかい聴き手の髪の毛は逆立つた。ぎよつとして彼が後ろを振りかへると、自分の娘が一人の若者と互ひに抱きあふやうにして、この世の中にどんな長上衣《スヰートカ》があらうと、てんでそんなもののことは念頭にもおかず、何か恋のささやきを交はしながら、静かにたたずんでゐた。それを見ると親爺は恐怖の念も忘れて、又もとの暢気さに立ちかへつた。
「おやおや、おい、若えの! お前《めえ》
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