をうけて言つた。「屹度、おいらをみんなが笑はあな。」
「さあさあ、おいでなさいつたら! あんなことはなくたつて、どうせお前さんは笑はれものなのさ!」
「だつて、おめえ、おいらがまだ顔も洗つてゐねえことは分つてゐべえ。」さういひながらもチェレ※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ークは、欠びをしたり、背中をボリボリ掻いたりして、さうしてゐる間だけでも怠ける時間を引きのばさうとするのであつた。
「おやおや、とんでもない時に、清潔《きれい》ずきな気まぐれを起したもんだよ! つひぞお前さんが顔なんか洗つたためしがありますかね? そら、手拭をあげますよ、これでその御面相を撫でまはしておけばいいでしよ。」
かう言つて彼女は何か巻きかためたものを手に取つたが――ぎよつとして、それから手を振りはなした。それは※[#始め二重括弧、1−2−54]赤い長上衣《スヰートカ》の袖口※[#終わり二重括弧、1−2−55]だつたのだ!
「さつさと出かけて行つて、商売をしていらつしやいつたらさ!」と、自分の亭主が怖ろしさのあまり腰を抜かして、歯をガタガタ鳴らしてゐるのを見ると、彼女はやつと気を取りなほして言つた。
※[#始め二重括弧、1−2−54]もう商売《あきなひ》もあがつたりだんべえ!※[#終わり二重括弧、1−2−55]かうひとりごとを言ひながら、彼は牝馬の手綱をほどいて広場へ曳きだした。※[#始め二重括弧、1−2−54]ほんに、さういへば、この忌々しい定期市《ヤールマルカ》へ出かける時だつて、何だか牛の死骸でも背負はされたやうな重つ苦しい気持がしただて。それに去勢牛《きんぬき》どもめが二度ばかり家の方へ後もどりをしかけやがつた。それから、どうも今になつて考げえて見ると、おいらは月曜日に家を出たやうだぞ。なるほど、それがそもそもよくなかつただ!……忌々しい、性懲りもねえ悪魔の野郎めが、片つぽうくれえ袖口がなくつたつてよかりさうなもんだに、しやうもねえ、なんの罪科《つみとが》もない人間を騒がせやあがるだ。仮りにおいらがその悪魔だとしたら――あつ、鶴亀々々!――そんな碌でもない襤褸つきれなんぞ探しに、よる夜なかうろつきまはるなんて馬鹿な真似をするかしらんて?※[#終わり二重括弧、1−2−55]
この時、われらのチェレ※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ークの推理の糸は突然、ふとい頓狂な声のため
前へ
次へ
全36ページ中27ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ゴーゴリ ニコライ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング