つてこのかた、顔の筋ひとつ動かさねえで三合の余もある火酒をひと息に呑みほすやうな若者を見たなあ、初めてだよ!」
「あれだよ、この人には、ただもう、呑助か破落戸《ごろつき》でさへありやあ性に合ふんだからね。てつきり、そいつはあの橋の上でいやに妾たちに絡んで来やがつた、あのやくざ者に違ひないよ、でなかつたら、どんなものでも賭けるよ。今まで出喰はさなかつたのが口惜《くや》しいくらゐさ、ほんとに思ひ知らせてやるんだつたのに。」
「何だと、ヒーヴリャ、たとへその男であつたにもしろさ、別にやくざ者つてえわけあねえでねえか?」
「ちえつ! やくざ者つてえわけがないなんて! まあこの人は、なんて頓馬なおたんちんだらう! 呆れてしまふぢやないか! あれがやくざ者でないなんて! お前さんは一体、あの磨粉場《こなひきば》のそばを通る時に、その間の抜けた眼を何処にくつつけてゐたんだね? ほんとにこの人つたら、現在目の前で、その嗅煙草だらけの汚ならしい鼻の先でさ、自分の女房が赤恥を掻かされても平気の平左なんだからね。」
「それかといつて、おいらにやあ、あの男に一点、非の打ちどころがあるやうにも思へねえからよ。何処へ出しても恥かしくねえ立派な若い衆さ! ただちよつとばかり、お前《めえ》のおたふくづらに泥糞を塗りこくつただけのこつてねえか。」
「ええつ、ほんとにお前さんつていふ人は、ああ言へばかう、かう言へばああと、へらず口ばつかり叩いてさ! それあ、いつたいなんといふこつたね? つひぞこれまでにないことぢやないか? あ、わかつたよ、おほかた何ひとつ商なひもしない癖に、もうどつかで喰ひ酔つて来たんだらう?」
この時、チェレ※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ークはわれながら余計なことを言つたと気がつくと同時に、屹度いきり立つた女房が、瞋恚の爪を剥いて、いきなり頭髪《かみのけ》をひつ掴みに飛びかかつて来るだらうと思つて、咄嗟に両の腕で頭をかかへた。
※[#始め二重括弧、1−2−54]どうなと勝手にしやがれ!※[#終わり二重括弧、1−2−55]と、彼は猛々しく武者振りついて来る女房を避けながら、心の中で呟やいた。※[#始め二重括弧、1−2−54]どうといふ理由《わけ》もねえのに、立派な男を断わらにやなんねえだ。ああ、神様! なんだつて、罪深いわしどもにこんな不仕合せを下さるだね? この世の中はこ
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