の眼からは、物凄い火花が散つた。その醜悪な顔を見ると、自づから魂が戦慄した。
「神父さま、祈つて下され、祈つて下され!」さう、絶望的にその男は叫んだ。「邪道に堕ちた霊魂のために祈つて下され!」そして彼は地に平伏《ひれふ》した。
 けだかい隠者は十字を切ると、聖書を取り上げて、それを繰りひろげたが、はつと色を失つて、後ろへ退《すさ》りながら、聖書を取り落してしまつた。「駄目ぢや、前代未聞の重罪人! お前にはみゆるしが無い! ここを立ち去れい! お前のために祈ることは出来ぬ!」
「駄目ぢやと?」罪人は、狂気のやうになつて叫んだ。
「あれを見よ、聖書の中の神聖な文字が血に染まつたではないか。つひぞこれまで、これほどの極悪人が世に現はれた例《ため》しはないのぢや!」
「神父さん! あんたは私をわらはれるのぢやな!」
「立ち去れ、呪はれたる極悪人! わしはお前を笑ひなどするのではない。ただ怖ろしいばかりぢや。お前に関はつた者に善いことはないのぢや!」
「いいや、いいや! あんたは笑つてをるのぢや、さうは言はさぬぞ……。このわしには、ちやんと見えるのぢや、汝《うぬ》が大口を開いて笑つてをるのが見え
前へ 次へ
全100ページ中85ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ゴーゴリ ニコライ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング