が、それを我が家に祠る者に対しては、如何なる悪霊も危害を加へることが出来なかつた。今しもその聖像を高くかざしながら、大尉が短かい祈祷をのべようとした、ちやうどその時……地べたに遊び戯れてゐた子供たちが、不意に怯えて、わつと泣き出した。それに次いで、群集がたじたじと後ずさりをしながら、怖れおののいて、一同のまんなかに立つてゐる一人の哥薩克を指さした。それがいつたい何人なのか、誰ひとり知る者がなかつた。だが先刻、哥薩克踊《カザチョーク》を一番、ものの見事に踊つてのけて、自分のぐるりの群衆に何か冗談口を叩いて哄笑を買つた男である。大尉が聖像をさしあげると同時に、突然その哥薩克の顔つきは一変して、鼻が見る見る伸びて一方へ曲り、それまで鳶いろであつた両の眼は俄かに緑いろに変じて、かつと飛びだし、唇はあをざめ、頤がブルブルふるへだすと、まるで矛のさきのやうにとんがり、口からは牙がにゆつと露はれ、頭には瘤が盛りあがつて、その哥薩克はまるで老人の姿に変つてしまつた。
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ワルフォロメイ聖者 基督の十二使徒の一人、(バルトロマイ)。
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「彼
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