》の話にすつかり脅かされてしまひましたの。あれは生まれるとから、あんな怖ろしい姿をしてゐて……子供たちも幼い頃から一緒に遊ぶのを嫌つたといふではありませんか。ね、あなた、まあ何て怖い話でせう、彼にはしよつちゆう、人が自分を嘲けつてゐるやうに思へるらしいんですつてね。暗い夜、誰かに出会つたりすると、彼にはその人が大口をあき、歯を剥き出して嘲笑つてゐるやうに思はれるのですつて。そして翌る日には、屹度その人は死骸になつて発見されるのですつてね。あたしその話を聞いた時、ほんとに不思議な、怖ろしい思ひがいたしましたわ。」
かう語りながら、カテリーナは手巾《ハンカチ》を取り出して、自分の腕に眠つてゐる我が子の顔を拭つた。その手巾には彼女の手づから紅い絹絲で木の葉と木実《このみ》が刺繍《ぬひと》つてあつた。
ダニーロは何の応へもせず、一方の、遠く森のうしろから土塁が黒々とつづいて、その向ふに古い城塞の聳えてゐる闇の中へ眼を凝らしはじめた。と、彼の眉の上には三本の皺が一時に刻まれた。その手は雄々しい口髭を撫でてゐる。「魔法使《コルドゥーン》が、何もそれほど怖しいのではない。」と彼は呟やくのだつた。「奴がもし敵の間者《まはしもの》だつたら大変なのだ。いつたいどうして奴はこの辺をうろつく気になりをつたのだらう? 波蘭人どもが、われわれとザポロージェ人との連絡を断つために、砦《とりで》を築く計画を立ててをるといふ情報も入つてゐる。もしそれが事実であつたなら……。どこかに奴の巣窟があるといふ評判でも聞えたなら、おれがその魔窟を蹴散らして呉れるわ。あの魔法使《コルドゥーン》の古狸めを焼き殺して、鴉にもついばませることぢやないぞ。だが、奴は必らず金銀財宝を貯へてゐるに違ひない。そら、あの悪魔が巣くふところは彼処《あすこ》だ! 奴めが金銀を貯へてをるとすると……。もうぢき十字架の傍を通りすぎる筈だが――あれは墓場だ! あの下で奴の穢れた先祖どもが腐つてをるのだ。なんでも、彼奴の先祖は、どいつもこいつも僅かな端た銭のために、霊魂とぼろくそなジュパーン諸共、平気で、おのれを悪魔に売り渡したといふことだ。果して彼奴が黄金を貯へてをるとすれば、もはや一刻も猶予すべきではないぞ――戦争をしてもいつも儲かる時ばかりはないのだから……。」
「まあ、あなたが何を企らんでいらつしやるのか、あたし存じてをります
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