物語りながら、啜り泣いたものだ。ほんとに、カテリーナ、俺たちがその頃、土耳古人どもと渡りあつた有様をお前が知つてゐたらなあ! 俺の頭には今なほ傷痕が残つてゐる。俺の体は四ヶ所も弾丸《たま》に射貫かれて、その傷のうちひとつとしてすつかり癒り切つたのはない。その当時どんなに俺たちが黄金を手に入れたことか! 哥薩克どもは宝石を帽子で掬つたものだ。どんな馬を――カテリーナ、お前がそれを知つてゐたらなあ――どんな馬を俺たちが掠奪したことか! ああ、もう俺には、あんな戦ひが出来ん! まだ、耄《ぼ》けもせず、躯《からだ》も壮健なのに、哥薩克の長劔は手から※[#「てへん+毟」、第4水準2−78−12]ぎ取られ、なすこともなく日を送つて、我れながら何のために生きてゐるのか分らないのだ。ウクライナには秩序がなくなつて、聯隊長や副司令がまるで犬のやうに、味方同士啀み合つてゐる。てんで衆を率ゐて先頭に立つ者がないのだ。こちらの貴族階級の者は皆、波蘭の風習を学び、見やう見真似で狡獪になり……*聯合教《ウニャ》を奉じて、霊魂を売り渡してしまつたのだ。猶太教が哀れな国民を圧迫してゐる。おお時よ! 時よ! 過ぎたる時代よ! 何処へ消え失せたのか、俺の時代は? こらつ、穴倉へ行つて蜜酒を一杯もつて来い! 俺は過ぎ去つた幸福と遠い昔の思ひ出に乾杯するのだ!」
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コナシェー※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ッチ サガイダーチヌイのこと。(前篇の註参照)
聯合教《ウニャ》 羅馬教会と希臘教会との妥協聯合せる教派のこと。
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「お客には何を喰はせてやりませう、旦那? 牧場の方角から波蘭の餓鬼どもが押し寄せて参りますが!」と、母家へ入るなりステツィコが言つた。
「奴等のやつて来るわけは分つとる。」と、ダニーロが席を立ちながら口走つた。「さあ皆の者馬に鞍を置け! 武具《もののぐ》をつけろ! 刀を抜け! 鉛の輾麦《わり》を忘れず用意しろよ。お客は鄭重に迎へなきやならんから!」
 だが、哥薩克たちが馬に跨がつて、まだ小銃に弾を装填《こめ》る暇もなく、波蘭軍は秋の落葉のやうに、山腹一面に群がり現はれた。
「や、鬱憤を晴らすには不足のない相手だぞ!」とダニーロは、黄金づくりの馬具を著けた駒に悠然と打ち跨がつて先頭に立つた大兵肥満の貴族どもを眺めながら、
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