山! おうちへ帰るんだよ! お母ちやんが粥《カーシャ》を拵らへて呉れるよ、さうして揺籃《ゆりかご》の中へ坊やを寝かして、かう唄ふよ。
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ねんねんよう、おころりよ!
坊やはよい子ぢや、寝んねしな!
大きくなつたら、よく遊び!
立派な哥薩克になつたなら、
悪い敵をば攻め伏せな!
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「なあ、カテリーナ! どうもお前の阿父《おとつ》つあんは俺らと仲よく暮すのが、面白くないらしいぢやないか。帰つて来た時からして、妙に気難かしく、まるで何か怒つてゐるやうに刺々《とげとげ》してゐる……。何か不服なんだよ――それならなぜ戻つて来たんだらう? 哥薩克の自由のために乾杯することも快しとしないのだ! 孫を抱いて揺ぶらうともしない! はじめ俺は何もかも胸を割つて、あのひとに打明けるつもりだつたが、どうも気が進まなくて、口へ出かかつた言葉もひつ込んでしまつたのさ。いや、あのひとには哥薩克魂といふものがないのだ! 哥薩克魂といふものは、いつ、何処で、でくはしても、必らず互ひの胸から胸へ通じ合ふものだ! どうだ、皆の者、もうぢき陸だらう? よしよし、帽子は新らしいのをやるよ。ステツィコ、お主《ぬし》には金飾りのついた天鵞絨《びらうど》表のをやるぞ、それは俺が韃靼人から首もろともに※[#「てへん+毟」、第4水準2−78−12]ぎ取つたやつだ。そ奴の武器《もののぐ》は何ひとつ残さず手に入れたが、ただ奴の魂だけは見のがして呉れたわい。さあ、舟を繋いだ! そうら、イワン、お家へ帰つたんだよ、それだのにお主は泣いてばかりをる! さあ、カテリーナ、坊やをおとり!」
一同は舟を降りた。山峡《やまかひ》に藁葺きの屋根が見え出した。それがダニーロの父祖から伝はる屋敷である。屋敷の後ろに、もう一つ山があるが、それから先きは一望ただ野原で、百露里歩いても哥薩克ひとり見いだすことは出来ないのである。
三
ダニーロの屋敷は、二つの山に挟まれてドニェープルの方へさがつてゐる谷あひにあつた。屋形は建《たち》が低く、家の外観は普通の哥薩克の住居と同じで、居間はただ一つきりであつたが、主人《あるじ》夫妻に、老婢と、選り抜きの郎党十人ばかりの者が身をおくだけの余地はあつた。四方の壁の上部には樫板の棚がずつと吊りわたしてある。その上にはところせまく、鉢だの、食物を
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