]と、彼は肚の中でつぶやいた。※[#始め二重括弧、1−2−54]いつたい、どうしてパツュークは肉入団子《ワレーニキ》を食ふだらう? 今度はまさか団子汁《ガルーシュキ》[#ルビの「ガルーシュキ」は底本では「ガルシューキ」]のやうに、俯向いて啜るのではあるまい。それは出来ない相談で、肉入団子《ワレーニキ》には先づ凝乳《スメターナ》をまぶさなきやならんからなあ。※[#終わり二重括弧、1−2−55]
彼がこんなことを考へてゐる間に、パツュークは口をあいて肉入団子《ワレーニキ》をちよつと睨むと、一層大きく口を開けた。すると、肉入団子《ワレーニキ》の一つが鉢から跳ね上つて凝乳《スメターナ》の中へ飛び込んだが、そこで一度でんぐり返りをしてから、ぴよんと上へ飛びあがるなり、まつすぐにパツュークの口の中へ飛びこんだ。それをむしやむしや食つてしまふと、彼はまた口を開けた。すると肉入団子《ワレーニキ》は前と同じ順序で、彼の口へ飛びこんで来た。だから彼自身は、ただもぐもぐと嚼《か》んで嚥《の》みこむだけの手間しか要らなかつた。
※[#始め二重括弧、1−2−54]なんちふ不思議なこつたらう!※[#終わり二重括弧、1−2−55]さう思ひながら、鍛冶屋は呆気に取られて、ぼんやり口を開けた。と同時に、彼の口へも肉入団子《ワレーニキ》が一つ飛んで来て、ハッと思ふ間に口端ぢゆうを凝乳《スメターナ》だらけにした。鍛冶屋は肉入団子《ワレーニキ》を払ひ落して口を押し拭ひながら、世にも不思議なことがあるものだ、悪霊といふものは何処まで人間を悧巧にするのだらうと深く感歎して、それにつけても今自分に助力を与へ得る者は、パツュークを措いて他にはないと確く信じた。
※[#始め二重括弧、1−2−54]もう一度頭を下げて、詳しく教へて呉れるやうに頼んでみようか……。それにしても、なんといふ罰あたりだらう! 今夜は精進の蜜飯《クチャ》だといふのに、このひとは肉入団子《ワレーニキ》を、こんな腥《なまぐさ》い肉入団子《ワレーニキ》を食つてゐる! ほんとにおれとしたことが、なんといふ馬鹿だらう、こんな処にゐるだけでも、罪障を重ねるといふものだ! さうだ、もう帰らう!……※[#終わり二重括弧、1−2−55]そこで、信心深い鍛冶屋は、一目散にその家から逃げ出した。
しかし、袋の中で、前もつて有頂天になつてゐた悪魔には、こんな素晴らしい獲物が見す見す自分の手からすりぬけてゆくのを、手を拱いて眺めてゐることが出来なかつた。鍛冶屋が袋に掛けてゐた手をちよつと緩めた隙に、悪魔はすばやく外へ飛び出して、鍛冶屋の頸つ玉へぴよいと馬乗りに跨がつた。
鍛冶屋はぞつと寒けを覚えた。吃驚仰天して、真蒼になつた彼は、なすべき術《すべ》も知らなかつた。そこで彼はすんでのことに十字を切らうとした……。すると悪魔が俯向いて、犬と同じやうな鼻面をワクーラの右の耳もとへ寄せて、※[#始め二重括弧、1−2−54]私ですよ、あなたの親友《ともだち》ですよ。私は友達のためならばなんでもいたします! お金が御入用ならお望みだけ差しあげます。※[#終わり二重括弧、1−2−55]さう言つてから今度は左の耳もとでヒクヒクと鳴いた。それからまた、右の耳へ口を寄せて、※[#始め二重括弧、1−2−54]オクサーナは今夜にもあなたのものになりますよ。※[#終わり二重括弧、1−2−55]と、囁やいた。そこで鍛冶屋は立ちどまつて考へ込んだ。
「よし。」と、やがて彼が言つた。「さういふ約束なら貴様のものになつて呉れよう!」
悪魔は手を拍つて、喜びのあまり鍛冶屋の頸の上でこをどりした。※[#始め二重括弧、1−2−54]今こそ鍛冶屋め、おれの手の中へ落ちやがつたぞ!※[#終わり二重括弧、1−2−55]と、彼は心に思つた。※[#始め二重括弧、1−2−54]今こそ、兄弟、手前がおいらに負はせをつたあの絵そらごとに対して復讐《しかへし》をしてやるのだ! ほんとに、この村ぢゆうで一番の信心者が、たうとうおいらの手に落ちたと知つたら、仲間の奴らが何といふだらうな?※[#終わり二重括弧、1−2−55]
茲で悪魔は、尻尾のある同族どもに地獄で鼻をあかせてやつたり、彼等の仲間うちでも一番の策士として立てられてゐる跛《びつこ》の悪魔がぢだんだ踏むさまを想像しながら、ぞくぞくして北叟笑んだものだ。
「さて、ワクーラさん!」と、逃げ出されやしないかと懸念して、まだ頸から降りようともしないで、悪魔はヒクヒク声で囁やいた。「御承知の通り、何事にも契約書といふものが要りますねえ。」
「覚悟の前だ!」と、鍛冶屋が答へた。「手前たちの仲間では、血判をするつていふぢやないか。待て待て、いま衣嚢《かくし》から釘を出すからな。」
さういつて彼は、こつそり片手をうしろへ迴すなり――む
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