聞くと、長いあひだ身動きもせずにすくんでゐた悪魔は、嬉しさのあまり袋の中でこをどりをした。しかし鍛冶屋は、どうかしたはずみに自分の手が袋にひつかかつてひとりでに動いたのだと思つて、頑丈な拳で袋を叩きつけてから、肩の上で一つゆすぶると、プザートゥイ・パツュークの住ひをさして歩き出した。
このプザートゥイ・パツュークといふ男は、かつてザポロージェにゐたといふことは確かだが、そこから追放されたのか、それとも勝手に出て来たのか、その辺のことは誰も知らなかつた。彼はもうずつと以前から、さうだ、十年か十五年も前から、ディカーニカに住んでゐた。最初《はな》から彼は正真正銘のザポロージェ人らしい生活《くらし》を送つてゐた。つまり、何ひとつ仕事をするでもなく、一日の四分の三は寝て暮し、食物は草刈人足の六人前も平らげ、酒は一度にたつぷり五升樽の一樽くらゐはペロリと呑み乾した。尤もパツュークは背丈が短かかつた代りに、横へ随分ふとつてゐたから、それだけの物を摂りこむ余裕は十分にあつたわけだ。それから彼のはいてゐる寛袴《シャロワールイ》だが、その太いことといつたら、彼がどんな大股に歩いても足はまるで見えず、酒蒸桶《さかをけ》が往来をよたよた蠢めいてゐるといつた恰好だつた。恐らく、こんなことから彼を太鼓腹《プザートゥイ》と呼び始めたものだらう。この男が村へ来てまだ幾週間もたたないうちに、村民は彼が魔法使であることを知つた。そこで誰か病気をするやうなことがあると、さつそくパツュークが呼び迎へられた。ところがパツュークがほんの二言三言、呪文を唱へただけで、病気は立ちどころに、拭ひ取つたやうに、けろりと癒つてしまふのだつた。すきつ腹《ぱら》の貴族があわてて魚の骨を咽喉に立てたりしたやうな場合には、パツュークが実に巧みに拳で背中を叩いて、その貴族の咽喉には何の故障も残さずに骨をば行くべき処へすうと通してしまつた。最近は彼をあちらこちらで見かけることが稀れになつた。それは多分、ものぐさからでもあつたらうが、或はまた、我が家の戸口を擦り抜けるのが年とともに困難になつて来たからでもあらう。この頃では、何か彼に用のある時は、村人の方から彼の家へ出かけて行かなければならなかつた。
鍛冶屋が内心おどおどしながら、戸を開《あ》けて見ると、パツュークは、団子汁《ガルーシュキ》をいれた鉢を桶の上にのせて、それに向つ
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