頭にぐるぐる巻きついてるんだもの。さうよ、あたしなんかちつとも綺麗ぢやないわ!※[#終わり二重括弧、1−2−55]だが、また鏡を少し顔から離して見て、かう叫んだ。※[#始め二重括弧、1−2−54]ううん、やつぱりあたし綺麗だわ! まあ、なんて綺麗だらう! 素敵だわ! あたしをお嫁にする人はほんとは幸福《しあはせ》ものよ! あたしの良人がどんなに惚れ惚れとあたしを眺めることだらう! 嬉しさの余り、きつと夢中になつてしまふわ! 屹度、あたしを死ぬほど接吻するわ!※[#終わり二重括弧、1−2−55]
※[#始め二重括弧、1−2−54]素敵もない娘つこだ!※[#終わり二重括弧、1−2−55]と、こつそりそこへ入つて来た鍛冶屋が口の中で呟やいた。※[#始め二重括弧、1−2−54]それになんちふ自惚の強い女だらう! 一時間も立てつづけに鏡を覗いてゐて、それでもたんのうしないで、おまけに聞えよがしに自惚を言つてやあがる!※[#終わり二重括弧、1−2−55]
※[#始め二重括弧、1−2−54]ほんとに、若い衆さんたち、あんた方があたしを相手に出来る柄だと思つて? よくまあ、あたしを見てお呉れ。※[#終わり二重括弧、1−2−55]美しい蓮葉娘はかう独り言をつづけた。※[#始め二重括弧、1−2−54]あたし、とてもすんなりしたいでたちでせう。この肌着には赤い絹絲で刺繍《ぬひ》がしてあつてよ。それに頭のリボンはどうを! あんた方が逆立ちをしたつて、こんな立派な打紐を見ることは出来なくつてよ! これはみんな、あたしが世界中で一番立派な花聟と結婚ができるやうにつて、お父さんが買つて呉れたんだわ。※[#終わり二重括弧、1−2−55]ここでニッと笑つた娘は、不意に後ろを振り向くと、そこに立つてゐる鍛冶屋を見つけた……。
 彼女はあつと声をあげたが、いきなり男の前に傲然と立ちはだかつた。
 鍛冶屋はたじたじとなつた。
 この素晴らしい美女の浅黒い顔に現はれた表情を説明することは難かしい。その面持は峻烈な色を湛へてゐたが、その峻烈さの中には、まごまごしてゐる鍛冶屋に対する揶揄の情が窺はれもした。そして微かにそれと見える、怨みをこめた紅潮が、ほのかに顔ぢゆうに溢れてゐた。それらがごつちやになつた、得もいはれぬ美しさに対しては、ただこの場合、百万遍も接吻をして呉れるより他には手の施こしやうがなかつた。

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