三本煙突の西洋館にいた炊事婦であったことを思い出した。
……三本の煙突! 彼女の胸は俄に痛み初めた。
――ねえ、お婆さん。もうせんお婆さんのいたお邸の屋根の三本煙突の真中の一本は、何時でも煙を吐かなかったわねえ……」
――煙突でございますって?」老婆は遉に彼女の突飛な質問を解しかねたようであった。
――ええ、そう。……でも、ほら、十年位前にちょっと一年ばかし煙が出ていたことがあったわね。お婆さん御存知?……」
――おやまあ、お嬢さまこそよく憶えていらっしゃいましたこと……」と老婆はようやく思い出して云った。「そうそう、そんな事もございました……なんでも、あの時は恰度御本家の若様が来ていらっしゃった頃でございます……若様は或る日不意に、あの赤い煙突から煙を出すんだと仰有いまして、危いところを梯子をかけて煤で真黒になりながら、赤い煙突の下へ管を通して、無理矢理に煙を出したんでございます。……なあにねえ、お嬢さま、あの赤い煙突は初めっから壊れて――煙穴が続いていないので、ただまあ飾り同様のものだったのでございますよ。……どうしてまあ、わざわざあんな莫迦げたものをつけたのでございます
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