たし、アラン・キャンベルは自分の研究室でピストル自殺を遂げたし、ベエシル・ハルワアドの失踪も永遠の秘密としてやがて人々から忘れ去られるだろう。新しき生活! ドリアンの希うのはひたすらそればかりだった。そして、ドリアンは既にその一歩を踏み出していたのだった。彼は村の娘ヘテイに対する心づくしを考えた時、ひょっとしてあの肖像画に、新しい変化が生じていないものでもないと思った。少くともこれ迄よりも兇悪なものではなくなっている筈だ。おそらく悪魔の面影だけは消え去っていることであろう。ドリアンは周章ただしくランプをとって階段を上って行った。そして素早く中へ這入ると何時もの如くに後に扉を閉して、さて絵姿に掛けられた紫の覆を引いた。その途端に彼は苦痛と憤怒の叫びを発した。絵姿は少しも変っていないばかりでなく、その眼は新に狡猾な色を湛え唇は偽善の皺に刻まれて一層醜く歪んでいたではないか! ドリアン・グレイは絶望のあまり曾てベエシル・ハルワアドを刺した同じ短剣でその絵姿を刺し貫いた。すると、それと同時にドリアンは恐しい叫喚とともに打ち倒れた。物音を聞きつけた人々がその部屋に入って来た時、人々は美貌の少年の絵姿の前に、夜会服の胸を刺し貫いて倒れている醜い陰惨な人相をした男の死体を発見したのであった。
底本:「アンドロギュノスの裔」薔薇十字社
1970(昭和45)年9月1日初版発行
初出:「新青年」1928年11月(二回分載)
入力:森下祐行
校正:もりみつじゅんじ
2001年10月8日公開
2007年10月23日修正
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