あなた御一緒して下さらなくて?」
 Aは多少極まり悪そうだったが、切符を無駄にするのは勿体ないと云うので、お供をすることにした。
「本当は僕だって、切符を買うつもりだったんですが、女房がちっとも賛成してくれないもんだから……」
 Aは、いそいそと上衣を着換えると、細君へ一言書き残した紙片を茶卓の上へ置いて出かけた。
 帝劇の終演《はね》が思いの外早かったので、彼等はお濠ばたを、椽の並木のある公園の方へ散歩した。アアチ・ライトの中の青い梢が霧に濡れていた。誰も彼等と行交わなかった。彼等はお互の腕を組み合わせて歩いた。
「他人が見たら、御夫婦と思うでしょうね。」と云ってBの細君が笑った。
「僕の女房は、こんな風にして歩きませんよ。」
 Aは、そう答えて、振り返った拍子に、彼女の耳飾りを下げた耳の香水を嗅いで、胸を唆られた。
「おとなしくて、いい奥さんね。あなた、随分長いこと愛していらしゃったんでしょう。」
「ええ、子供の時分から知ってたんです。」
「その間、ちっとも浮気をなさらなかったの?」
「勿論、僕は、ひどく何て云うか、ガール・シャイとでも云うんですかね、他の女はみんな怖かったんです。」
「まあ。」
「あなた方は如何だったんです?」
「たった一日恋人だったの。スケート場の宿屋で泊ったのよ。その話は御存知なんでしょう?」
「Bは何とも云いませんでした。」
「フィギュアをやってる時、あの人と衝突して、あたし仰向に倒れて気絶しちゃったの。そうして、介抱して貰ったの。あの人は、とても親切にしてくれましたわ。でも今考えてみると、その女があたしじゃなくてよかったのですわ。」
「何故ですか?」
「だって、あの人、近頃ではあたしの性分があんまり好きじゃなさそうなんですもの。Aの奥さんみたいになれって、毎日あたしを叱るのよ。」
「そりゃあ好かった。家の女房ならば、Bの為事《しごと》の助手位はやるでしょう。何しろ、自然科学にかけては、僕の十倍も詳しいと云う女ですからね。」
「あたしは頭脳が悪いから駄目。――あたし、いっそBと別れちまおうかしら。……」
 Bの細君は、そこで大きな溜息を吐いたが、Aは何とも返事をしなかったので、ちょっと両肩をすくめると、口笛を鳴らしはじめる。
 折から通りかかったタクシーを、Aがステッキを上げて停めた。
 家へ帰ると、Aの細君は寝室の水色の覆《シェード》を
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