られますか?――紫水晶のようですね。始終そうして嵌めていられますか?』
『ええ――』
『ちょっと検べさせて下さい。』
 刑事は葛飾の指輪を持って扉の外へ出て行った。十五分経って帰って来た。そして峻烈な口調でこう云ったのである。
『いい加減に白状してしまったらどうです。この指輪の石には血がついている。被害者の顎にのこっていた傷は、卓子に打ちつけたためではなくて、実はあなたに一撃された痕なのだ……』
 葛飾は遂に絶望の叫びをあげた。
 勿論、指輪に血がついていたなどと云うのは刑事のトリックなのだ。だが、葛飾は容易くそれに乗せられたわけである。

 6

 法廷に於て葛飾は有罪と決定した。
 彼は併しあくまで犯行を否定した。
『当夜、私は非常に亢奮して家を飛び出ましたが、街へは行かずに近所の沼の辺や林の中を夜風に吹かれながら矢鱈に歩き廻っていました。そして可なり長いことそうやっている中に漸く落ち着きを取り戻して来て、それに段々寒気が辛くなったりするので、家の方へ引っ帰しました。ところが、門口のところで街から帰って来た小野とばったり出会いました。小野はひどく自暴酒《やけざけ》でも仰ったと見えて強か酔っぱらっていましたが、私の顔を見るといきなり私の胸に取り縋って泣き出したのです『――勘弁しておくれよ、勘弁しておくれよ――長い間俺の面倒を見てくれた君だもの、俺の気質ならよく心得ている筈じゃないか。……俺みたいなだらしのない意気地なしを、君は二人と知っちゃいまい……美代子さんだって、君があんまり素気なくしてちっとも一緒にいて可愛がってやらないから、それに今迄不仕合せに暮していたもんだから、つい頼りなくなっちまったんだ。……怒らないでくれ。……君から憎まれたら僕は本当に立つ瀬がないんだ……と彼は私をかき口説くのでした。私は腹立しさのあまり、彼の腕をふりもぎりながら、力まかせに顎のあたりを殴りつけました。すると彼ははずみを喰って蹌踉《よろめ》くとたあいもなく尻もちをつきましたが、その時私のインヴァネスの羽を掴んで破ってしまったのです。――併し、リボンの方は何時の間に失ったのやら少しも気がつきませんでした。美代子と揉み合ったために落としたものか、或はその折解けかかっていたのが小野に絡みつかれている間に、あんな薄いヘラヘラしたものですからうまい工合に彼の外套のふところか何かへ紛れ込んだものか、どっちともはっきりしたことは思い当りません。私は直に踵をかえして表通りに出ると、通りがかりのタクシイを呼び止めて、それで街のヨロピン酒場へ参りました。そして一時近く迄一人で飲んで、それから八木の家へ泊りに行ったことは先に申し上げた通りです。
『そんな嘘を吐く気になった最初の理由は、勿論自分たちの醜い三角関係を秘密のままにして置きたかったからで――寛容や友誼の故よりも、むしろ世間に対して私自身の面目を失い度くなかったからです。……併し、直ぐに美代子はその秘密を検視官の前で打ち明けてしまいました。そして、美代子の支那小説云々の話は、ひょっとしてこれは美代子が殺したのではあるまいかと云う疑を私に起させました。何故と云って、その本を読んで聞かせてやったのは小野自身だったのですから。ところが果してピストルに彼女の指紋が発見されました。私はそこで警戒する気になったのです。たといどんな理由にもせよ、共犯の疑なぞかけられて巻き込まれたりしては大変だと考えました。しかも当夜の自分の行動を正直に申し立てるのはこの上もなく不利益であることを感じたので、私はあらかじめ現場不在証明を考えて置いた次第です。……』
 こう云う葛飾の弁明には『偽を申し立てた要心深さ――若しくは、臆病さ』に就いて裁判官を納得させるのに充分なものがなかったらしい。
 ピストルに犯人が指紋をのこさなかったのも、その位に要心深い人間であってみれば当然である――と役人は述べた。
 そして葛飾は幾年かの懲役を云い渡された。

 7

 美代子はたった一人取りのこされて、その広い淋し過ぎる家で、蒼ざめた不吉な追憶と一緒に暮さなければならなかった。
 葛飾の罪が決定してから一月も経った頃、美代子はやはり画室の中で縊れて死んだ。
 今度は――遺書があった。裁判官へ宛ててある。
『……小野潤平を殺したのは私でございます。
 あの晩、小野は酔って帰って来まして、私に一緒に逃げてくれと申しました。そして私がそれをはねつけますと、いきなりポケットからピストルを出して、自分の頭を狙ってみせました。私は吃驚してその手に飛びついて、ピストルを※[#「てへん+宛」、第3水準1−84−80]ぎ取ろうとしました。ところが、私はあやまって引金に指をかけてしまったのでございます……』
『私は恐しい人殺しの罪を免れるために、ピストルを小野さんの手に握
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