くれた。『あなた、偉い方?』と女は私の髪を骨ばった指で弄びながら訊いた。女の声は喉もとで嗄がれて、長い溜息のような音を立てた。
『ああ、華族様さ。けれども男爵だよ。』と、私は嘘を吐くのであった。
『そう、いいわねえ。』彼女の声は風のように鳴った。
『君、病気なんだね。肺病だろう?』
『ごめんなさいね――あたし、死ぬかもわからないの。』
『いいよ、いいよ。君が死ねば、僕だって死ぬよ。』
『まあ――調子がいいわね。』私は彼女の、小さな頭を胸の中に抱いた。
『お止しなさいな。あたし、もっと悪い病気なのよ。』と、彼女は唇をそらそうと※[#「足+宛」、第3水準1−92−36、153−14]いた。
『いいよ、いいよ。』私は、そして、無理遣りに彼女の頬を両腕の中におさえた。――そんな病気は、世界中の何万何億と云う男と女とを、久しい時代に渡って一人一人つないで来た――云いかえれば、男女の間の愛と同じ性質のものである――と云っ[#「っ」は底本では「つ」、153−17]た、アレキサンダー君の言葉を思い出しながら……



底本:「アンドロギュノスの裔」薔薇十字社
   1970(昭和45)年9月1日初版発行
初出:「講談雑誌」1929年4月
入力:森下祐行
校正:もりみつじゅんじ
ファイル作成:
2001年10月8日公開
青空文庫作成ファイル:
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