高み[#「高み」に傍点]でありまして、そこには、島人の石塔が、白々と無数に林立してをります。そして、どれも、これも皆勿体ない程立派な石塔であります。申す迄も無く、島から出る好い石が、皆これ等の石塔に作られるのです。そして、雨に、風に、月に、いつも黙々として立ち並んでをります。墓地は、秋の虫達にとつては此上もないよい遊び場所なのでありますが、已に肌寒い風の今日此頃となりましては、殆ど死に絶えたのか、美しい其声もきく事が出来ません。只々、いつ迄もしんかん[#「しんかん」に傍点]として居る墓原。これ等無数に立ち並んで居る石塔も、地の下に死んで居る人間と同じやうに、みんなが死んで立つて居るのであります。地の底も死、地の上も死……。あゝ、私は早く庵にかへつて、私のなつかしい石ツころ[#「石ツころ」に傍点]を早く拾ひあげて見ることに致しませう、生きて居る石ツころ[#「石ツころ」に傍点]を――。
[#改ページ]

    風

 市中甚だ遠からねば、杖頭に銭をかけて物を買ふ足の労を要せず、而も、市中又甚だ近からねば、窓底に枕を支へて夢を求むる耳静なり。それ、巣居して風を知り、穴居して雨を知る……
 かう書き出しますると、まるで、鶉衣にある文句のやうで、すつかり浮世離れをして居る人間のやうに思はれるのですが、其の実はこれ、俗中の俗、窃《ひそか》に死ぬ迄の大俗を自分だけでは覚悟して居るのであります。が然し、庵の場所は全く申し分なしで、只今申上げた通り、市中を去る事余り遠くもなく、さりとて又近過ぎもせず、勿論、巣居であり、穴居でありますが、俗物にとつては甚だ以て都合の宜しい位置に建つて居るのであります。巣と申せば鳥に非ずとも必ず風を聯想しますし、穴と申せば虫に非ずとも必ず雨を思ひ起します。入庵以来日未だ浅い故に、島の人々との間の交渉が、自らすくなからざるを得ないから、自然、毎日朝から庵のなかにたつた一人切りで坐つて居る日が多いのであります。独居、無言、門外不出……他との交渉が少いだけそれだけに、庵そのものと私との間には、日一日と親交の度を加へて参ります。一本の柱に打ち込んである釘、一介の畳の上に落ちて居る塵と雖、私の眼から逃れ去ることは出来ませんのです。
 今暫くしますれば、庵と私と云ふものが、ピタリ[#「ピタリ」に傍点]と一つになり切つてしまふ時が必ず参る事と信じて居ります。只今は正に晩秋の庵……誠によい時節であります。毎朝五時頃、まだウス[#「ウス」に傍点]暗いうちから一人で起き出して来て、……庵にはたつた一つ電燈がついて居まして、之が毎朝六時頃迄は灯つて居ります……東側の小さい窓と、両側の障子五枚とをカラリ[#「カラリ」に傍点]とあけてしまつて、仏間と、八畳と、台所とを掃き出します。そしてお光りをあげて西側の小さい例の庭の大松の下を掃くのです。この頃になると電気が消えてしまひまして、東の小窓を通して見える島の連山が、朝日の昇る準備を始めて居ります。其の雲の色の美しさ、未だ町の方は実に静かなもので、何もかも寝込んで居るらしい、たゞ海岸の方で時折漁師の声がきこえてくる位なもの――。これが私のお天気の日に於ける毎日のきまつた仕事であります。全く此頃お天気の日の庵の朝、晩秋の夜明の気持は何とも譬へやうがありません。若しそれ、これが風の吹く日であり、雨の降る日でありますと、又一種別様な面白味があるのであります。島は一体風の大変よく吹く処で、殊に庵は海に近く少し小高い処に立つて居るものですから、其の風のアテ方[#「アテ方」に傍点]は中々ひどいのです。此辺は余り西風は吹きませんので、大抵は海から吹きつける東南の風が多いのであります。今日は風だな、と思はれる日は大凡わかります。それは夜明けの空の雲の色が平生と異ふのであります。一寸見ると晴れさうで居て、其の雲の赤い色が只の真ツ赤な色ではないのです。之は海岸のお方は誰でも御承知の事と思ひます。実になんとも形容出来ない程美しいことは美しいのだけれども、その真ツ赤の色の中に、破壊とか、危惧とか云つた心持の光りをタツプリ[#「タツプリ」に傍点]と含んで、如何にも静かに、又、如何にも奇麗に、黎明の空を染めて居るのであります。こんな雲が朝流れて居る時は必ず風、……間も無くそろそろ吹き始めて来ます。庵の屋根の上には例の大松がかぶさつて居るのですから、之がまつ先きに風と共鳴を始めるのです。悲鳴するが如く、痛罵するが如く、又怒号するが如く、其の騒ぎは並大抵の音ぢやありません。庵の東側には、例の小さな窓一つ開いて居るきりなのですから、だんだん風がひどくなつて来ると、その小さい窓の障子と雨戸とを閉め切つてしまひます。それでおしまひ。他に閉める処が無いのです。ですから、部屋のなかはウス[#「ウス」に傍点]暗くなつて、只西側の明りを
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