は、今迄留守で有つた仲間の一人だ。馬鹿に痩せた処が幽霊じみて居るので、幽霊とも、ネーベルガイスターとも云ふ名ださうな。今迄、ムキになつて居た二人は、俄に向きなほつて、「帰つたか」と云ふ。幽的は「オー」と云ひながら、成程、幽霊的な細い手を袂に入れて、掻き廻して居たが、「ソラ」と云ひながら、大頭の前に何か投げ出した。「何だ」と云ひ乍ら大頭は、つと其物を見たが、俄然、大きな顔に壊れる様な笑顔を見せて、「有難い、君ならなくてだ、浮んだよ」と云ふ。「其の大頭がか」、と白頭は笑ひながら、其或物を手に取つて見せたが、其処には、「風邪薬実効散」と書いて有つた。幽霊は得意気な顔付をし、傍に立つてスマして居る。成程、柄に無い親切な男だな、と俺も思つた。しかし此の親切も、金が有る時だけかも知れん。すると白頭は、矢張り口が悪い生れ付きかもしらんが、大頭に向つて「君、この薬は一服散と書いて有るぜ。一服丈呑まなければ治らないと見えるぜ」、と云ふと、「馬鹿な、一服丈なんて奴があるかい。一服で治らなかつた時は二服呑むんだ」と大頭は云ふ。「処が、そーで無い。見給へ、二服呑めば旧《もと》に帰ると書いて有るよ」、と白頭が真面目で云ふ。と幽霊が、「三服呑めば死ぬると書いてあるだらう」と笑ふ。すると三人が一時にドツと笑つた。俺も可笑しかつたから、だんまつて笑つた。
支那人は、スマシタ顔をして、鏡と首引をして居る。スルト、又ガラ/\と戸を開けて残りの一人が帰つて来た。図書館に行つて居たと見えて本をかゝへて居る。これは又、馬鹿に色の黒い奴だ。室に入るや否や、「オイ何処かへ行かう、腹が減つておへぬ」と云ふ。「金は有るかい」と白頭が、嘲弄的の横目を見せる。「有る/\」と幽霊が、スマシタ顔付をして云ふ。話しは直にまとまつて、何だかワヤ/\と云ひながら、四人で部屋を出て行つた。隣の部屋の時計は九時を打つた。四人は何処へ行つたのか、支那人は不相変、夜だか、昼だか解らん様な顔をしてゐる。つい眠くなつたので、俺もツルリと寝込んでしまつた。
と、云ふ様な様子さ、中々面白かつた。
其のあくる日も愉快な事があつた。学校は二時半迄だと見えて、それ迄はソハ/\して居る様だ。二時半の鐘が打つてしまふと、四人がノビ/\した顔をして帰つて来た。一人は手紙を書き出した。一人はサンドーをふつて居る。一人は財布をひろげて居る。一人は窓からボンヤリ眺めて居る。スルト窓の外から、「ドーダイ」と云ひ乍ら、顔丈出した奴が居る。「どーした」と白頭が云ふと、「今日は旧同室会だから残つて居るのだ」、と云ひながら、肱立をして窓を越えて部屋に這入つて来た。しかも靴のまゝだから驚く。よく見ると、顔の黒い、汚い容子をして居る。しかも其背丈が約四尺もあらうか、「チビ」と云ふ名ださうなが、成程、浅草者だと、俺もつく/″\感心して、出来る事なら、親の顔も見てやりたかつた。併し「チビ」先生は、土足でも、すこむるすました者で、話す、笑ふ、煙草を吸ふ、勉強もしないで饒舌くつて居る。何だか、又、議論が始まつた様だ。
「君はそんな事を云ふが、ハイカラと云つても、必ずしも排斥す可き者では無い」、と白頭がチビに向つて云つた。「勿論、我々は蛮カラを以て自任して居る。大人君子、向陵の健児にして理想としてゐる物だから、蛮カラーは大いに賞す可しだ。が、併しだ、君だつて花見に行かぬ事はあるまい。月を賞せぬ事は無いだらう。今、ハイカラーを見るにだな、頭の髪をスツカリと奇麗に分けた処は、丁度、雌浪雄浪がドー/\と、寄せては返す如く。雪の様に白い、しかも高いカラー、折目のシヤンとした洋服で以て、スラリと立つた所は、第一奇麗ぢや無いか。我輩は敢て華美を云ふのではない。清潔を云ふのだ。清潔は我四綱領の一つを占めて居る。翻つて、バンカラーを見るにだ、尤も近き例は君さ、モシヤ/\と味噌玉に菌の生えた様な頭で、シヤツの鈕《ボタン》はまるで無しさ。帯は割けてゐる、袴はポロ/\さ。おまけに異様な汚臭を放つに至つては、公平な眼を以て、決して左袒《さたん》する事は出来ないよ。我輩、豈敢て形式のみを云はんやだ。成程、天真爛※[#「火+曼」、第4水準2−80−1]は好いさ。しかし、今世界の人間がすつかり、マツ裸で往来したら何と思ふ、我輩が決して疑はない真理が有る。即「美は隠すに有り」だ。早い話が、今もし僕が君に向つて、「大馬鹿め、死んでしまへ」と云つたら、仮令《たとい》、友人の情で怒らぬかもしらんが、面白くないだらう、さ、其れを心に隠して居て、何も云はない、知らん顔して居る、と云ふ処で何事も美くしう行くのではないか。美は隠すに有りだよ。なんだか矢たらに形式にばかり走ると思ふかもしらんが、そーではない。と云ふのは、此ハイカラなる者は、僕は無邪気だと思ふ。即悪気と云ふ物がない。即悪う
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