ねよ、跳ねよ、
夕月はめぐみをこぼす……
わたし達すてられた魂のうへに。
威嚇者
わたしの威嚇者がおどろいてゐる梢の上から見おろして、
いまにもその妙に曲つた固い黒い爪で
冥府から来た響の声援によりながら
必勝を期してわたしの魂へついてゐるだらう。
わたしはもう、それを恐れたり、おびえたりする余裕がない。
わたしは朦朧として無限とつらなつてゐるばかりで、
苦痛も慟哭も、哀れな世の不運も、拠りどころない風の苦痛にすぎなくなつた。
わたしは、もう永遠の存在の端《はし》へむすびつけられたのだ。
わたしの生活の盛りは、空気をこえ、
万象をこえ、水色の奥秘へひびく時である。
憂はわたしを護る
憂はわたしをまもる。
のびやかに此心がをどつてゆくときでも、
また限りない瞑想の朽廃へおちいるときでも、
きつと わたしの憂はわたしの弱い身体《からだ》を中庸の微韻のうちに保つ。
ああ お前よ、鳩の毛並のやうにやさしくふるへる憂よ、
さあ お前の好きな五月がきた。
たんぽぽの実のしろくはじけてとぶ五月がきた。
お前は この光のなかに悲しげに浴《ゆあ》みして
世界のすべてを包む恋を探せ。
河原の沙のなかから
河原の沙のなかから
夕映の花のなかへ むつくりとした円いものがうかびあがる。
それは貝でもない、また魚でもない、
胴からはなれて生きるわたしの首の幻だ。
わたしの首はたいへん年をとつて
ぶらぶらとらちもない独りあるきがしたいのだらう。
やさしくそれを看《み》とりしてやるものもない。
わたしの首は たうとう風に追はれて、月見草のくさむらへまぎれこんだ。
仮面の上の草
そこをどいてゆけ。
あかい肉色の仮面のうへに生えた雑草は
びよびよとしてあちらのはうへなびいてゐる。
毒鳥の嘴《くちばし》にほじられ、
髪をながくのばした怪異の托僧は こつねんとして姿をあらはした。
ぐるぐると身をうねらせる忍辱は
黒いながい舌をだして身ぶるひをする。
季節よ、人間よ、
おまへたちは横にたふれろ、
あやしい火はばうばうともえて、わたしの進路にたちふさがる。
そこをどいてゆけ、
わたしは神のしろい手をもとめるのだ。
香炉の秋
むらがる鳥よ、
むらがる木《こ》の葉よ、
ふかく、こんとんと冥護《めいご》の谷底へおちる。
あたまをあげよ、
さやさやとかける秋は いまし
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