僧形のあしのうらに疑問のいぼをうゑ、
くまどりをおしせまり、
笹の葉のとぐろをまいて、
わかれてもわかれてもつきせぬきづなの魚《うを》を生かす。


  さびしいかげ

この ひたすらにうらさびしいかげはどこからくるのか、
きいろい木《こ》の実のみのるとほい未来の木立のなかからか、
ちやうど 胸のさやさやとしたながれのなかに、
すずしげにおよぐしろい魚のやうである。


  あなたのこゑ

わたしの耳はあなたのこゑのうらもおもてもしつてゐる。
みづ苔《ごけ》のうへをすべる朝のそよかぜのやうなあなたのこゑも、
グロキシニヤのうぶげのなかにからまる夢のやうなあなたのこゑも、
つめたい真珠のたまをふれあはせて靄《もや》のなかにきくやうなあなたのこゑも、
銀《ぎん》と黄金《こがね》の太刀《たち》をひらひらとひらめかす幻想の太陽のやうなあなたのこゑも、
月をかくれ、
沼の水をかくれ、
水中のいきものをかくれ、
ひとりけざやかに雪のみねをのぼるやうな澄んだあなたのこゑも、
つばきの花やひなげしの花がぽとぽととおちるやうなひかりあるあなたのこゑも、
うすもののレースでわたしのたましひをやはらかくとりまくあなたのこゑも、
まひあがり、さてしづかにおりたつて、
あたりに気をかねながらささやく河原のなかの雲雀《ひばり》のやうなあなたのこゑも、
わたしはよくよく知つてゐる。
とほくのはうからにほふやうにながれてくるあなたのこゑのうつりかを、
わたしは夜のさびしさに、さびしさに、
いま、あなたのこゑをいくつもいくつもおもひだしてゐる。


  盲目の宝石商人

わたしは十二月のきりのこいばんがたに、
街のなかをとぼろとぼろとあるいてゆくめくらの商人《あきんど》です。
わたしの手もやはり霧のやうにあをくばうばうとのびてゆくのです。
ゆめのおもみのやうなきざはしがとびかひ、
わたしは手提の革箱《かはばこ》のなかに、
ぬめいろのトルコ玉をもち、
蛇の眼のやうなトルマリン、
おほきなひびきを人形師の糸でころがすザクロ石、
はなよめのやはらかい指にふさはしいうすむらさきのうすダイヤ、
わたしは空からおりてきた鉤《かぎ》のやうに、
つつまれた柳のほそい枝のかげにわれながら
まだらにうかぶ月の輪をめあてに、
さても とぼろとぼろとあるいてゆきます。


  十六歳の少年の顔
    ――思ひ出の自画像―
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