、まぼろしのなかへながれてゆくわたしのしろばらの花よ、
おまへのまつしろいほほに、
わたしはさびしいこほろぎのなくのをききます。
*
ゆふぐれのかげのなかをあるいてゆくしめやかなこひびとよ、
こゑのないことばをわたしのむねにのこしていつた白薔薇の花よ、
うすあをいまぼろしのぬれてゐるなかに
ふたりのくちびるがふれあふたふとさ。
ひごとにあたらしくうまれでるあの日のばらのはな、
つめたいけれど、
ひとすぢのゆくへをたづねるこころは、
おもひでの籠《かご》をさげてゆきます。
薔薇のもののけ
あさとなく ひるとなく よるとなく
わたしのまはりにうごいてゐる薔薇のもののけ、
おまへはみどりのおびをしゆうしゆう[#「しゆうしゆう」に傍点]とならしてわたしの心をしばり、
うつりゆくわたしのからだに、
たえまない火のあめをふらすのです。
手をのばす薔薇
ばらよ おまへはわたしのあたまのなかで鴉のやうにゆれてゐる。
ふしぎなあまいこゑをたててのどをからす野鳩のやうに
おまへはわたしの思ひのなかでたはむれてゐる。
はねをなくした駒鳥のやうに
おまへは影《かげ》をよみながらあるいてゐる。
このやうにさびしく ゆふぐれとよるとのくるたびに
わたしの白薔薇の花はいきいきとおとづれてくるのです。
みどりのおびをしめて まぼろしによみがへつてくる白薔薇の花、
おまへのすがたは生きた宝石の蛇、
かつ かつ かつととほいひづめのおとをつたへるおまへのゆめ、
薔薇はまよなかの手をわたしへのばさうとして、
ぽたりぽたりちつていつた。
薔薇の誘惑
ただひとつのにほひとなつて
わたり鳥のやうにうまれてくる影のばらの花、
糸をつないで墓上《ぼじやう》の霧をひきよせる影のばらの花、
むねせまく ふしぎなふるい甕《かめ》のすがたをのこしてゆくばらのはな、
ものをいはないばらのはな、
ああ
まぼろしに人間のたましひをたべて生きてゆくばらのはな、
おまへのねばる手は雑草の笛にかくれて
あたらしいみちにくづれてゆきます。
ばらよ ばらよ
あやしい白薔薇のかぎりないこひしさよ。
悲しみの枝に咲く夢
こひびとよ、こひびとよ、
あなたの呼吸《いき》は
わたしの耳に青玉《サフイイル》の耳かざりをつけました。
わたしは耳がかゆくなりました。
こひびとよ、こひびとよ、
あなた
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