へとびさる小鳥の羽《はね》をつらぬく。


  香料の顔寄せ

とびたつヒヤシンスの香料、
おもくしづみゆく白ばらの香料、
うづをまくシネラリヤのくさつた香料、
夜《よる》のやみのなかにたちはだかる月下香《テユペルウズ》の香料、
身にしみじみと思ひにふける伊太利の黒百合の香料、
はなやかな著物をぬぎすてるリラの香料、
泉のやうに涙をふりおとしてひざまづくチユウリツプの香料、
年の若さに遍路《へんろ》の旅にたちまよふアマリリスの香料、
友もなくひとりびとりに恋にやせるアカシヤの香料、
記憶をおしのけて白いまぼろしの家をつくる糸杉《シプレ》の香料、
やさしい肌をほのめかして人の心をときめかす鈴蘭の香料。


  舞ひあがる犬

その鼻をそろへ、
その肩をそろへ、
おうおう[#「おうおう」に傍点]とひくいうなりごゑに身をしづませる二|疋《ひき》の犬。
そのせはしい息をそろへ、
その眼は赤くいちごのやうにふくらみ、
さびしさにおうおう[#「おうおう」に傍点]とふるへる二ひきの犬。
沼のぬくみのうちにほころびる水草《すゐさう》の肌のやうに、
なんといふなめらかさを持つてゐることだらう、
つやつやと月夜のやうにあかるい毛なみよ、
さびしさにくひしばる犬は
おうおう[#「おうおう」に傍点]とをののきなきさけんで、
ほの黄色い夕闇《ゆふやみ》のなかをまひあがるのだ。
しろい爪をそろへて、
ふたつの犬はよぢのぼる蔓草《つるくさ》のやうに
ほのきいろい夕闇の無言のなかへまひあがるのだ。
そのくるしみをかはしながら、
さだめない大空のなかへゆくふたつの犬よ、
やせた肩をごらん、
ほそいしつぽをごらん、
おまへたちもやつぱりたえまなく消えてゆくものの仲間だ。
ほのきいろい夕空のなかへ、
ふたつのものはくるしみをかはしながらのぼつてゆく。


  林檎料理

手にとつてみれば
ゆめのやうにきえうせる淡雪《あはゆき》りんご、
ネルのきものにつつまれた女のはだのやうに
ふうはりともりあがる淡雪りんご、
舌のとけるやうにあまくねばねばとして
嫉妬のたのしい心持にも似た淡雪りんご、
まつしろい皿のうへに
うつくしくもられて泡をふき、
香水のしみこんだ銀のフオークのささるのを待つてゐる。
とびらをたたく風のおとのしめやかな晩、
さみしい秋の
林檎料理のなつかしさよ。


  まるい鳥

をんなはまるい
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